2005年01月の活動報告

1月16日(日)
午前中、講演内容の最終整理をし、昼近くから霙まじりの中をガイドヘルパーのHさんと列車で上越市へ。上越視覚障害者協会主催の震災講演で1時間ほど講話。雪の中、会場の高田駅前の通りに面した知命堂病院のすこやかホールには2〜30人ほどの皆さんが見え、災害弱者、とりわけ視覚障害者にとってその時、そしてその後の対応はどうだったのか、エピソードと体験をまじえて話をする。この地域にも東海方面に続く糸魚川断層というのがあり、参加者は熱心に聞いておられたようだ。会場からは「仮設住宅に入ると復旧支援金がもらえないのはおかしいが何故か?」とか、「地震で壊れた家を立て替えるのに、なぜお金が出ないのか
。」など、国の制度に対するかなり突っ込んだ質問も出された。
(2005.01.16)

1月14日(金)
朝9時半よりクラブ会議があった件で、栃尾市、与板町それぞれから申入れのあった合併協議についての会派の見解をまとめる。
午前10時から議員協議会。栃尾市、与板町の合併協議に対する資料説明があった3月までの合併期限に間に合わせるには準備期間がギリギリであり、最も時間を要するのは電算処理だ。今後、早急に建設計画をまとめ、今月いっぱいで県に提出したい。両自治体とも先行している合併問題とは切り離して年明けの1月以降の合併になるものと思われるとの説明があった。これでこれまで協議がすすんでいるものと合わせると、全部で10市町村、27万4千人の町となる予定だ。次いで11時から総務委員会が開かれ、本件に対する審議と議決が行われたが、委員8名中、共産党以外の賛成多数で両議案とも可決された。以後、来週21日に予定されている臨時市議会の本会議で採決され、本格的な合併準備が調ううことになる。栃尾市にしろ、与板町にしろ長い時間と紆余曲折を経て、ようやくひとつの結論が出たことになるが、昨年亡くなった与板町の友人のKのことも含め、私自身もこれまでの長い道のりを振り返ると、感慨深いものがある。
 11時30分から市長室にて市長と面会。平和の森コンサート実行委員長の畠山さんと女優の吉永小百合さんのコンサートへの出演依頼をお願いする。その足でリリックホールに向かい、午後から吉永小百合主演の映画「北の零年」を見る。今回は応募が私だけだったので、私一人のために前田さんをはじめとする4人の「音声アシストの会」の皆さんから、台本無しで映画の音声アシストをしていただいた。ラストシーンで、官軍に馬を提供するよう強制され、鍬や鎌で抵抗する開拓農民の意を解したかのように、一旦、柵を壊して逃走した馬たちが砂埃を立てて主人の元に駆け戻って来るところでは、地震で主人と死に、あるいは生き別れて救出された山古志村の牛たちの姿と重なり、涙が溢れた。映画が終わって、音声アシストの会の皆さんにお礼を言いながら、一緒に東映の菅原さんに面会を求め、映画のバリアフリーについてしばし意見交換をさせていただく(写真)。
 今日、後援会報プラスワンの新年号が刷り上ってくる。なかなかの出来栄えだ。 
(2005.01.14)

1月13日(木)
   仕事。
(2005.01.13)

1月12日(水)
 今日も雪が降り続き、長岡では60センチを上回った。近隣の商業化で地下水位が低下し、我が家の前の道路の地下水もとうとう出なくなってしまった。日中、妻と流雪溝の蓋を開け、積もった道路の雪を投げ入れる。
 今日、午後から隣の与板町の臨時町議会があり、長岡市との合併を14対1で可決。ここ数年、数度の町長選をはじめ、町民アンケートや住民投票で町を二分してきた問題に、ようやく終止符が打たれようとしている。なお、長岡市議会は明後日14日に議員協議会と総務委員会を開き、それを受けて21日の臨時市議会で審議、可決する見通しだ。私と共に長岡との合併を支持し、戦ってきて、昨年暮に急逝した友人の風間君がこのことを聞いたら、どんなに喜ぶことだろう。
(2005.01.12)

1月11日(火)
 映画「北の零年」の音声アシストの件で市の国際文化課長や
開場であるリリックホールの担当者と電話で打ち合わせ。夜7時から、プラスワンの会事務局のK事務局長、Yさん、それにホームページを管理していただいているTさんに自宅にお出でをいただき、今週発行予定の後援会報新年号の校正と、リニュアルをすすめているホームページについての打ち合わせをする。8時から今年初めてのサックスのレッスンに出かける。外は吹雪いて車も走りにくいほどだ。
(2005.01.11)

1月10日(月・成人の日) 
 終日家にて女優の吉永小百合さん宛の手紙をしたためる。吉永さんは今週末に封切りの「北の零年」を、被災地見舞いとして長岡で上映する際に来岡の予定。数年前から平和の森コンサートへの出演依頼をしているのだが、未だに実現していない。今回の機会を利用してあらためて直接依頼しようと考えている。
(2005.01.10)

1月9日(日)
 昼過ぎの新幹線で鍼灸の業界の仲間三人と、会議のため新潟
へ。今秋予定されている関東北越ブロック大会の第一回の実行委員会。吹雪で相当の積雪もあり、会議もそこそこに帰路に着く。
(2005.01.09)

1月8日(土)
 来週末に予定の長岡市と東映の共催による映画「北の零年」の入場整理券が届く。往復はがきで三枚出したものの一枚が当選したようだ。封切り前日の14日に映画会社が、被災者のためにと無料で三回、リリックホールで上映するもの。主演の吉永小百合さんも来て挨拶されるとのことで、3倍以上の応募があったようだ。どうやら視覚障害者の当選は私一人のようで、そのために「音声アシストの会」の皆さんが4人で映画の副音声をぶっつけ本番でやってくれることになった。この活動がメジャーの映画会社のめにとまって視覚障害をもつ人たちの新たな文化活動つながってくれれば嬉しいのだが…。
(2005.01.08)

1月7日(金)
 今年は例年になく正月からの雪が続いていて、思うようにオパールとの散歩もできない(写真)。市は地下水位の低下による地盤沈下を心配して、昨年から環境対策条例を設置。不必要な消雪パイプの地下水くみ上げに対し、警告を行っているが、このところの近所の商業施設の開発で水の出も悪くなっている。道は雪でガタガタだ。
(2005.01.07)

1月4日(火)
 午前11時半から恒例の賀詞交換会。昨年までは駅前の厚生会館で行われていたものだが、老朽施設で地震による被害が心配されるため、今年は信濃川をはさんだハイブ長岡で開催。私は盲導犬のオパールと参加(写真)。30分ほどだが、毎年政財官学からたくさんの方々が集まり、新年の熱気に満ちた式典になる。
しかし今年は遠距離ということと、地震による自粛ムードの中でお神酒や飾りつけも一切無しの年賀だった。市長をはじめ、多くの挨拶が「復興元年」を強調した年明け行事となった。

(2005.01.04)

1月2日(日) 

 正月恒例の大学駅伝をテレビで観戦。午後から家族四人揃っ
て、昨年の震災で石の鳥居が倒壊した長岡の氏神様である平潟神社へ初詣に出かける(写真)。軽く小雪は舞っていたもののさほど寒くは無い。にもかかわらず、参詣客はまばらで並ぶことも無かった。今年の「平穏」と家族の「健康」を祈る。おみくじは「末吉」。何事もほどほどが良いということか。その後、妻の実家へ新年の挨拶。



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(2005.01.02)

1月1日(土)
元旦。ここ数年、雪の無い新年が続いていたが、今年は大晦日からの雪で外は真っ白。元旦恒例のオパールとの信濃川河畔での散歩を兼ねた初日の出詣でを断念。午後から隣の与板町の実家へ年始に出かける。
(2005.01.01)

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