2004年06月の活動報告

6月30日(水)
 やり残しの気になっていた原稿書きをする。家の近所に予定されている「ふれあい緑道」の建設に伴い、一連の施設としてシンボルになる橋を架けようという話があり、その実現に向けての要望書を作成。夜、二期目の市会議員で作る「優友の会」の定例懇親会。毎定例会終了後、色々なゲストをお招きし、お話を伺い懇談しているが、今回は今春、新しく就任された収入役や企画部長、都市整備部長や水道局長らにお出でいただき、6月議会を振り返ったり、過去における先輩議員の活躍ぶりなどをお聞きした。また、今議会の文教社会委員会におけるT委員長と私との議論について発言が代表者会議にかけられた事も話題に上った。9時過ぎ帰宅。
・写真・・・行き止まりの道満川・・・「ふれあい緑道」予定地

(2004.06.30)

6月29日(火)
午後1時半より市内宮内中学校2年生の女子生徒5人が来訪。総合学習の一環として盲導犬について学びたいという。バスを乗り継いできたらしく、喉が渇いたと、出されたジュースをおいしそうに飲んでいた。とても素直な良い子たちのように感じた。「盲導犬がいても困ることはありますか」とか、「何歳まで働くのですか?」などの質問に答え、最後に実際に歩道などを歩き、オパールの誘導ぶりを見てもらう。相手の感動がじかに伝わってきて、こちらも楽しかった。
 ところで、昨日の朝日新聞の「天声人語」に、生命科学者柳澤桂子さんの言葉として次のような言葉を紹介していた。「私たちは、自分たちが先天的に残虐性を持っているという考えに恐れを感じる。けれども、ほんとうに残虐性を持つことが証明されたら、それをただ否定するだけではなく、この事実を率直に受け入れて、理性でこの未開な感情をコントロールすることを考えなければならないのではなかろうか」。先日の常任委員会で私も質問したが、カッターナイフによる佐世保市の痛ましい女児殺人事件はまだ記憶に新しいが、ショックな事件だった。私は常々、人間は本来正しい性格を持って生まれたと言う、いわゆる性善説を信じていたが、この柳沢さんの言葉によれば、まさに人間は性悪な存在といえる。もしかしたら理性がその性悪なものを抑えていただけなのかもしれない。いずれにしても今、そのことをしっかり
と受け止め、地域社会や家族と共に子供たちの心の中まで考えなくてはならない時期だ。 
 3時から長岡新聞の企画で、「平和の森コンサート10年の歩み」をテーマとした座談会。畠山実行委員長と長岡新聞の土田社長、それに私の3人で1時間ほど取材を受ける。
(2004.06.29)

6月28日(月) 
 6月定例会最終本会議。朝、登庁前に自宅で今回の参院選の打ち合わせや、森市長と面会のアポを取り、9時市役所へ。9時半、K合併理事、それに新政クラブのH議員と会い、昨日の与板町長選についての意見交換。10時より市議会合併連絡会の会議を傍聴。主に特例による議員の身分について議論。特例の特例を使って編入合併町村の議員が特例を利用し、全員6年間も議会に残ることは許されないことを確認。11時より市長応接室にて15分ほど森市長と個人的に面談。昨日の与板町長選の結果を受け、今後の合併のあり方や、与板町との関係について意見交換。
市長は与板町との関係はこれで終わりではない事を言明。その後、11時半からの議会運営委員会の結果を受け、クラブ室にて会議。本会議対策を議論。昼食をはさんで午後1時より本会議。市長提案や委員会報告などを受け、議題をすべて可決して3時前に終了。解散後、地元学区内の三ツ郷屋地内に予定されている「ふれあい緑道」に関連し、新たに歩道橋を建設する件について、M議員、そしてW土木部長とそれぞれ個別に会い、打ち合わせ。4時に帰宅し、予約の入っていた患者さん数人の治療をする。
(2004.06.28)

 6月27日(日)

 9時近くの新幹線で新潟で開かれる「障害者技能競技会」に出かける。この大会は通称、アビリンピック新潟と称し、障害者の技能の向上を図ると共に、職域の開発促進を促すために、新潟県雇用開発協会などが主催するもので、今年がその第1回となる。私が出場するきっかけとなったのは、パソコンサークルからの紹介で、他の会員の参加を促すためにと思い申し込んだのだが、結局参加は私ひとりとなり、ガイドヘルパーで、サークル会員の星野さんと出かける。種目は「ワープロ(視覚障害者部門)」でエントリーは6人。音声パソコンで二つの課題を制限時間内で書き上げる競技。時間も無く、ほとんど練習もできなかったので、来年につなぐ意味で参加したつもりだったが、結果はなんと「金賞」を受賞。練習はできなかったが、普段こうやって毎日のようにパソコンに向っていたのが良かったのだろう。表彰状と金色に輝く30pのトロフィーをいただいた。話によると推薦で10月に仙台で開かれる全国大会にも出場しなければならないようだ。大会種目は他に「表計算」や知的障害者の「縫製」や「喫茶接客」などがある。思ってもみなかった受賞だが、この大会が単なるセレモニーに終わることなく、障害者の職業開発や雇用につながるイベントに育って欲しいと願いたい。5時過ぎに帰宅。
 昨日、応援に行った実家のある与板町の町長選投票日。自宅で連絡を待ったが、結果は残念ながら僅差で敗北。候補はもちろんのこと、選挙事務所や応援していた人たちの落胆振りが伺えると同時に、今後の合併問題や町の行方に私なりの不安も。
(2004.06.27)

6月26日(土)
 午後から和子のクルマで与板町長選の応援に行く。これまで一応静観の態度をとってきたが、選挙戦も残すところ今日だけとなり、新人の大平美恵子選対の強い要請を受け決心する。街宣の随行車に乗り、候補と共に町内の10ヶ所近くで候補と共に演説をし、夜7時より、ちょうど西本願寺・別院の御取り越しで、露天の立ち並ぶ仲町商店街の真ん中で最後の街頭演説をする。100人以上の有権者が集まる中、町民の勇気ある決断を期待し、町民本位の町政と長岡との合併を訴える。「熱のこもった判り易い演説」と評価をいただく。8時過ぎ、妹の家に立ち寄り9時半帰宅。

(2004.06.26)

6月25日(金)
 今朝早く、また日中も実家のある与板の親戚や知人から電話
あり、何とか町長選の応援に来てもらえないかとの事。私のようなものが行ってもどうなるものでもないと思ったが、断る事はこれまで私が批判し続けてきたわが身の保身であり、火中の栗を拾うことになるかもしれないが、信じる道を選ぶことにした。明日は午後から長岡との合併を展望する同級生の大平美恵子候補の応援に行くことにし、街頭演説の推敲をする。夜は明後日、新潟で開かれる視覚障害者のワープロ競技会に向け、パソコンに向かい少し練習。それにしてもバタバタと心せわしい毎日。久しぶりに梅雨らしいまとまった雨の一日。
(2004.06.25)

6月24日(木)

 総務委員会。今日も我が会派のI議員から、子供王国に対する同様の質問が出される。夕方帰宅すると実家のある隣町の与板のS町会議員から電話が入り、今、行われている町長選への応援要請がある。今回の選挙、合併の枠組みを問う大切な選挙だが、私としてはよその自治体に対する内政干渉を心配したり、この町の後々まで尾を引くしこりやしがらみを考え、これまで静観していたのだが、どうやら火が付いたようだ。しかし後援会のKさんとも電話で相談し、これまで同様静観することにした。
(2004.06.24)

6月23日(水)
6月定例会 建設委員会。昨日の私の「子供王国」に対する質問に続き、今日の委員会でも同じ会派のO議員、それにY議員からも建設の意義に対して質問が出される。しかし市長の答弁は昨日に比べ、かなりトーンダウンしたかに見える。ところで今日は平和の森公園の植樹記念日。8年前の平成8年に市民植樹してから、今年で8年になる。そしてこれに合わせ今夜は平和の森コンサートのプレコンサート。夕方、6時頃に公園に出かけ、K君やWさんらと記念写真。公園の緑たちも昨年までは林でしかなかったが、今年は立派な森になった。夜、大手通り十字路にある「音楽食堂」でプレコンサート。実行委員を中心に50人近くが集まり、生ビールなどを飲ながら音楽やお笑いなどを楽しんだ。
(2004.06.23)

6月22日(火) 
 6月議会。私の所属する常任委員会である文教社会委員会の
日。台風の余波で窓を叩く強風が吹き荒れる早朝、4時起きして今日の質問内容の整理と論旨の組み立てをし、9時に市役所へ。これまで一年間、同委員会の委員長をしていて、今回は委員として久しぶりの質問となる。私は「軽度発達障害対策」、「長崎県佐世保市の小6女児殺人事件とインターネット教育」、そして「こども王国」の諸課題について質問。最初の軽度発達障害の問題については4月の国会でも超党派の議員立法で法案の提出があったばかりで、長岡市の現状と今後の対策について質問。
LD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)の子供は意外に多く、全国平均では100人に6人というデータがある。最近、ようやく調査が始まったばかりで、きちんとした診断や支援措置がなされれば十分に学習や社会適応が可能な疾患だ。委員会での答弁で長岡市ではわずか2%という報告があり、数字に開きがあり十分な調査では内容に思う。今後の調査と専門員の配置を要望。 また、最後の質問については1週間前、議員協議会で初めて説明があったもので、これから開発が始まろうとしている千秋が原南地区に、子供が冬でも土の上で遊んだり、周囲をポニーと散策、また育児相談などもできるドーム型の施設となっている。
この企画に対し、@ 何故、雪国の冬は雪でなくて土で無ければいけないのか。そのためにたとえ補助金といっても箱物を作る必要があるのか。 A 夢、輝き、出会いの広場といわれるが、人工的な施設より、豊かな自然を利用したものは考えられない
のか。 B 子供に限定せず、より多くの人に利用できる施設を考えるべきだがどうか。などを質問。市長とかなりの時間やりあったが、十分な説明が得られず議論を継続することで終わる。それにしても会議冒頭の不規則発言や、ヤジまがいの不穏当発言に対し、途中、腹を据えかね抗議。もっと品位が欲しいところだ。5時帰宅。夜、サックスのレッスン。
(2004.06.22)

6月21日(月)
 台風が近づいている影響で、雨はそう多くは無いが気温が35
℃と上昇し、役所でも家でもクーラーが入る。6月議会常任委員会、今日は産業環境委員会を傍聴する。4時から自宅に戻り、数人の患者さんを治療し、その後、迎えに来てくれたスタッフのK君のクルマで午後6時半から始まる参議院選挙の選対会議に
出席。8時に帰宅し夕食。
(2004.06.21)

6月20日(日)
 今朝は少し涼しいので、久しぶりにオパールと信濃川堤防まで散歩する。首に鈴をつけ少し放してやる。帰宅すると姪が母親と一緒に進路のことで相談に来ていた。その後、夕方まで明日から始まる常任委員会の審査付託の議案書を妻に読んでもらったり、パソコンで資料整理や質問項目の整理をする。今年度、私は昨年度に引き続き教育や福祉などを所管する「文教社会常任委員会」に所属することになった。
 夕方、5時から市内のホテルで、先日「米百俵賞」を受賞された山之内先生の祝賀会に出席。先生は市内の川崎小学校などの校長先生をされ、私とは8年前に市民運動で作った「平和の森公園」の際、公園に植えた植栽の指導など、何かとお世話になっ
た。私が市会議員になったのもこの運動がきっかけだから、先生にはご恩を受けている。会場ではカナダの大学院教授 ジョン・ミラーさんや韓国で同じくホリスティック教育をすすめておられる金 明子(キム ミョンジャ)さん、新潟市の篠田市長の奥様をはじめ、色々な方々と懇談でき、楽しく有意義なひと時だった(写真)。タクシーで7時帰宅し、常任委員会質問の項目整理と原稿書きをする。
(2004.06.20)

 6月19日(土)
 午前中、仕事をしながら、昨日書いた後援会報の原稿の内
容調整をスタッフのK君と電話でやり取り。。午後2時から高校同窓会に出席。市内の商工会議所3回で総会が開かれた後、3時頃より懇親会。懐かしい顔、初対面の先輩らとあれこれ懇談。残念ながら出席者はいまひとつだったが、先輩後輩の別無く何かと刺激になった。

(2004.06.19)

6月18日(金)
議会報告も兼ねて来週早々に「後援会報」夏の臨時増刊号を発行することになり、早朝3時起きして原稿書きをする。午後から本会議三日目。昨日に続き4人が質問。
(2004.06.18)

6月17日(木)

 6月議会本会議二日目。早朝、少し早起きをして今日の一般
質問原稿の最終チェックをし、要旨を簡単に点字で箇条書きする。10時半に家を出て議会へ。3月議会に続いて今回もパソコンを利用して一般質問に臨むため、その調整とオパールの演台への誘導のリハーサルを兼ね、他に誰も居ない本会議場で練習。午後1時からの本会議では同じ会派の杉本議員に続き、「総合的な交通施策について」と題し、交通バリアフリーなどの既存の計画の実施状況を質し、今後の交通施策について質問。特に雪国に有効なバス待合所の設置を促すために、仮称「部分アーケード型」の待合所を、用地取得の必要ない既存の歩道上に設置するよう提案。市当局も積極実施を言明した。(要録は本ホームページ「耳より情報ラウンジ」参照)
(2004.06.17)

6月16日(水)
 今日から6月議会が始まる。議会に先がけて午前10時から議
員協議会が開かれ、市長から「県営屋内プールの建設について」と、いわゆる「こども王国」についての説明があった。前者は50mプールを中心にした施設の民間委託などについての説明、後者は千秋ケ原をはじめ、市内3箇所に冬でも土に親しめる幼児や小学生を対象とした全天候型施設の建設についての説明があった。若いお母さん方からの要望が強いとする「冬の遊び場」が欲しいという声に応えての計画という。冬でも施設内でポニーなど、動物とのふれあいができたり、お母さん方の子育て相談窓口や交流コーナーなどを設けるという。これに対し、私は市長に、雪国の冬の遊び場が、土でなくてはならないのか。大きな予算を使って、わざわざ冬にポニーと触れ合う必要があるのか、それに、これ以前に川西には体育館建設に対する要望などがあり、緊急性や必然性、優位性においての疑問がある旨を質す。
 11時半から議運。6月議会の議事日程などを決める。
午後1時から本会議があり、市長からの提案理由の説明などの後、一般質問に3人が立つ。「長岡の農業政策」や「学校に食・農教育を」などを質問。終了後、いったん自宅に戻り、夕方5時過ぎに市立劇場でNHKBS 日本のうた」の収録があり、妻とともに出かける。
(2004.06.16)

6月15日(火)
 今日は第9回の長岡市米百俵デー。小林虎三郎がもらった米百俵で国官学校を作った日にあたる。午前中仕事をし、午後から市内のリリックホールにて「米百俵賞」の授賞式に参加。妻に送ってもらい、オパールと会場に入るとすぐに今年の受賞者である山之内儀一郎先生の奥様とバッタリ会い、お祝いを言う。
山之内先生は市内川崎小学校の校長時代、校庭に木を植えることにより、子供たちに「気づき」を教えた。その著書「木を植えた校長」は数ヶ国語に訳され、多くの人に感銘を与えている。私とは10年前の「平和の森を作る会」からのお付き合いで、この運動を通して多くのことを学ばせていただいた。授賞式の中で、選考委員長で小説家の半藤一利氏は「靖国の靖は青を立てると書く。
平和を祈る気持ちは緑に通じる。」と講評。今から10年前、山之内先生と一緒に起こした市民運動で今の平和の森公園を作った時の事を思い出した。先生には植樹のご指導を頂いたと同時に、運動の心の支えともなっていただいた。
 記念講演では小説家の五木寛之氏が「一人の自殺者の影には10人の未遂があるといわれる。まず自分の命を大切にできなければ、命の尊さは自覚できない。ギリシャ語でカタルシスと言うが、涙は悲しみを浄化するといわれる。悲しみや絶望感、やり切
れない空しさを『あんしゅう』と言うが、これをしっかり受け止め、感じることが次につながる。そういう時は肩を落とし、背中を丸めてフーっと大きな溜め息をついて、それが過ぎるのを待つことだ。竹のように心がしなることが大事」と話す。私が日々思っていて叶わない「自然体」を見た気がする。20日には祝賀会も計画されており、私も出席の予定。5時に帰宅し、急いで一般質問の原稿読みをする。夜、サックスのレッスン後、夜中までまた読みの続き。
(2004.06.15)

6月14日(月)
 仕事の合間を見て、今日も一般質問の原稿の仕上げをする。
(2004.06.14)

 6月13日(日)
 宝川温泉の朝、夕べは露天風呂にゆっくりつかり、上がったと思ったら土砂降りの雨。今朝はすっかり上がって鮮やかな緑の中でノンビリと朝風呂につかる。(写真)お客も私たち以外にそう多く無い。10時に旅館を出て、途中奈良俣ダムに立ち寄り、お昼は名物の釜飯を食べる。クルマの中では私は後ろの席に乗り、パソコンを持ち出してあれこれ原稿書きをする。帰りは高速道路に乗り、5時長岡に到着。

(2004.06.13)

6月12日(土)
 夕べからの雨もどうにか上がり、オパールを後ろの荷台に乗せ、妹も誘ってクルマで一般道を走り、ノンビリと群馬県の宝川温泉へ。カーナビの指示にしたがって水上から山に入る事およそ30分。3時過ぎに到着。数軒しかない山奥の温泉旅館だが、70℃以上もある源泉が4本もあり、弱アルカリ性の単純泉が豊富に湧いている。私たちはそのうちの「王泉閣」という旅館に泊まった。内湯もあるが100畳、200畳など、日本一を誇るというとてつもなく大きな露天風呂が四つもある。更にこの温泉、四つあるうちの三つが何と混浴なのだ。視覚障害者の私としては風呂に入るのにいつもためらいがあるのだが、今日は妻が一緒で、別の意味でのためらいはあるものの、今日は安心して風呂に入れる。浴衣に着替えて下駄を履き、妻の後について階段を降り、吊橋を渡ってゆくと林の中に大きな露天風呂が湯気を立てて点在。思いっきり手足を伸ばして久しぶりにゆったりとつかる。夕食には熊汁が出たが、この辺は山奥とあって時々熊が出没するという。
(2004.06.12)

 6月11日(金)
早朝3時過ぎに起きて一般質問の原稿をしたためる。午前11時から議会運営委員会。来週から始まる6月議会が議題。一般質問は11人で、私は5番目、二日目2番手と決まる。午後から自宅で原稿書き。
 夕方から市内のNCホールで小説家の阿刀田高氏の講演と、奥様の慶子さんの朗読を聴く。阿刀田氏は戦時中、疎開で市内の四郎丸小学校と南中学校で学んだことがあり、奥様の慶子さんは日本点字図書館で私たち視覚障害者のための本の朗読をされている。主催は北越製紙でそこに勤務する同級生のK君にご案内頂いたのだが、何かと因縁のある催しだ。講演の中で阿刀田氏はデカルトの「平易な言葉で語れない真実は無い。」という言葉を引用して、短編小説に情熱を燃やす自らの文学論や、言葉に対する姿勢を説いた。また、慶子さんはご主人にあたる阿刀田 高さんの「花嵐」を朗読され、大きな拍手を受けた。
 帰宅して夜も一般質問の原稿書きの続きをやる。
(2004.06.11)

6月10日(木) 
 午前中に数人の患者さんを治療し、昼食にパンと牛乳をほお張って早々にお迎えのクルマに乗り込んで、午後からの市内山本中学校3年生の講演に出かける。この学校は市内でも最も郊外にあり、山の中腹にあるサックスのレッスン仲間でもあるTさんの母校でもある。校長室に通され挨拶を交わしたが、雨が近づいているせいかムシムシする我が家に比べ、北向きのせいもあるが涼しいのにまず驚く。真夏でもクーラーは要らないとの事だ。1時50分から50分間の講話だったが、43人の生徒の皆さんのまとまりがとても良い。三年生ともなれば色々な子が居て当然だが、教室の雰囲気がとても和やかで、校長室で感じた風のように爽やかなのだ。視力の無い私でもみんなの気持ちがストレートに伝わってくる。苗字が皆、土田か高橋のどちらかだそうで、先生も生徒もみなそれぞれ名前で呼び合うから、そう思うのかも知れないが、一昨年に次いで2回目の訪問でも感じるのは、とにかくアットホームなのだ。
 予め担任のO先生からの要望で、
@社会参加する上で不便と感じていることは?…情報共有できていないこと。無理解と偏見(知的障害者のグループホームなど)
A バリアフリーを実現する上で望むことは?… 先入観で考えずに、当事者の声を聞くこと。バリアフリーはそれぞれの障害の種別で異なる。大切なことは心のバリアフリーだ。
B 社会福祉を考える上で伝えたいこと?… 社会福祉の心は自立支援だ。
 などをお話させていただき、最後にちょっぴりオパールとの交流タイムをも持つ。終わって校長室に戻るとまたクラスの中の10人ほどが校長室のドアをノックし、「もう一度お礼が言いたいから…」と言い訳をしながらオパールに接触タイム。帰り際、送迎のH先生のクルマに乗り込もうとしたら、今度は二階の教室の窓から、全員が手を振りながら大声で「さよならー!」のシャワー。くったくの無い子供たちとのすがすがしいひとときを過ごせて感激して帰宅する。
 夕方から夜にかけて早速、6月議会一般質問の原稿書き。パソコンに向かうも、なかなか文章がまとまらず時間だけを費やす。
(2004.06.10)

 6月9日(水)
 朝、一人の患者さんを治療し、妻のクルマで市役所に行き、
10時から一般質問の通告に対する理事者側との突き合わせをする。一般質問の題は「総合的交通施策について」。応接室の円卓で都市政策課長ら6人と1時間強意見交換。
 約束時間に少し遅れて平和の森コンサート事務局のKさんと会い、挨拶がてら打ち合わせのために、今春、駅前の空きビルを利用してオープンした市の観光課を尋ね、H課長と面談。午後、帰宅して夜まで一般質問の原稿書きをする。
(2004.06.09)

 6月8日(火) 

 非核平和行進の市役所前における到着集会に参加のため、午前10時に市役所へ。冷たい雨の中、市内の平和の森公園から行進してきた50人ほどの方々を庁舎前で出迎える。20分ほどの集会を終え、10時半から控え室にてクラブ会議。今後の日程の突合せと、6月議会改変の常任委員会の構成について確認。その他、一市民から要求のあった市議会議員の年金支払いの公表請求についても議論する。帰りがけに明日締め切りの一般質問の通告書を、議会事務局に代筆してもらい提出。
 夜、サックスのレッスンを終え、風呂に入りながらラジオを聴いていたら、ニュースで先日の小学校6年生のメール殺傷事件で犠牲になったお父さんの手記が流れてきた。取り返すことのできない我が子を思う、失意の心境が痛いほど理解でき胸を打たれた。何故にこうもボロキレを引き裂くように何の迷いも無く、幼児が簡単に人の命を奪うことができたのだろうか。そして手紙とは違う、日常会話そのものの文体で書くメールで、コミュニケーション技術の未発達な子供が、果たして真意を受け止めていたのだろうかという疑問が拭いきれないでいる。頻繁に会って、その上でなお日常的にメールで話をしていても、お互いの心はつながっていなかったのだろうか。現代のコミュニケーションとは、いったい何だったのだろうと、次々と疑問が沸く。
(2004.06.08)

6月7日(月)
 昨夜、やっとの事で雑誌の原稿書きを終え、仕事の合い間を
見て、今度はいよいよ本番である6月議会の一般質問の原稿書きにシフト。頭がなかなか切り替えられないが、そうも言っておれず、資料集めをはじめる。今回は「総合的な交通対策について」をテーマとしたいと思っている。
(2004.06.07)

6月6日(日)
 近所に住んでいる友人のS君の実父の葬儀に参列するため、
朝9時に妻のクルマで与板町へ。おときを頂いた後、車で送ってもらい義弟の家に顔を出す。先日、合併問題で現町長に対するリコール運動がおこり、成立直前に町長が辞職をされた事から、今月末に町長選が予定されている。ここでもその事が話題になり、結局、町会議員のお二人と会って意見交換をする。それにしても長岡市を中心とした合併問題も既に大詰めに入り、この与板町がどう動いたにしても時間が無いことは確かだ。一刻も早くこの混乱から抜け出し、町民に対し、その行く末を早く示さなければならないだろう。
 お昼に帰宅し、夜半までかかってようやく延び延びになっていたバリアフリーに関する雑誌の論文を書き上げる。もっと簡単に考えていた原稿書きだったが、資料集めから始まり、5500字の原稿を書き上げるまでにはかなりの時間と努力を要した。甘く見ていたのでよい勉強になった。夜中にメールで原稿を送り、ようやく楽々して就寝。
(2004.06.06)

6月5日(土)
 午前中、治療院の仕事をし、合い間をみては雑誌の原稿書きをする。夕方、信濃川河畔でプラスワン事務局スタッフの焼肉大会。家からオパールと一緒に妻と信濃川に架かる長さ840mの大手大橋を歩いて渡り、対岸のよく整備された運動公園へ。西山の稜線に沈む大きな夕日を眺めながら、缶ビールを飲んでジュージューと焼肉とは贅沢の限りだ。(写真)仲間たちと久しぶりにノンビリしたひと時を過ごすことができた。市内のど真ん中、手近な所にもこんなに素晴らしいロケーションがある。自然環境に配慮することは当然だが、長岡はもっと水辺に親しむ環境整備や施策も必要かと、チョッピリ思いつつ8時頃、また歩いて帰路につく。
(2004.06.05)

6月4日(金) 
 長岡市議会 スポーツ振興議員連盟の視察。快晴で真夏を思わ
せるような暑さの中、早朝7時半に近所のだんご屋前から貸し切りバスに乗り込み、20人ほどの議員で高速道路で富山県へ。富山は平成12年に二順目の富山国体を経験しており、平成22年に同じように新潟国体を迎える長岡市として勉強をしようというもの。テーマは国体終了後の施設利用について。長岡は水泳をはじめとして三つの協議を予定している。多くの場合、国体そのものは僅かの期間のセレモニーだが、その後には多額の運営費と市民利用が問題となってくる。今回視察したのは高岡市の県営プール
と小杉町体育館。平成6年に完成した県営プールは総工費38億円で屋内外の三つのプールを擁し、周辺にはその後、短大やポリテックセンターなどが建設された。県の直轄から現在では県体育協会の管理に移り、昨年、利用を促すために「アクアスマンヨー・スポーツクラブ」を立ち上げ、利用者数は国体当時まで盛り返してきた。しかし、入場料収入が年間1500万円であるのに対し、維持管理費が1億円に上るため、平成18年度を目途に「指定管理者制度」を導入し、民間委託に移行する計画とのこと。
施設では予算の都合で50メートルプールに屋根を取り付けられなかったことが反省されるが、生涯スポーツの普及と言う点で成果があったとのこと。
 また、小杉町は人口3万3200人の町で、国の「総合型地域スポーツクラブ」の制度を利用し、小杉町体育館を中心として高齢者をはじめとしたスポーツの普及を図っている。特徴としては町民や利用者のニーズを積極的に吸い上げることと、受益者負担を原則としていること。更にはスポーツは一部の人のものと言う先入観を取り除くために、その敷居を低くする努力をしていることだ。その結果、寝たきりを予防して医療費を削減できたこと、子供の基礎体力を向上できたことなどを挙げている。担当者の説明から新聞社のOBである町長をトップとしたスタッフの自信の程が伺えたが、先進的な施策は何よりもリーダーの強い思いひとつという感想を持った。3時間バスに揺られ6時に長岡に到着。 ところで今日は早いもので26回目の結婚記念日。以前から気にしつつも雑事に追われ、とうとう何もできなかったが子供からお祝いの電話があったとのことだ。
  
(2004.06.04)

  6月3日(木)
 締め切りが過ぎている大学から依頼されている雑誌の原稿書きに追われる。
(2004.06.03)

6月2日(水)
 今朝のNHKラジオで、先日、私の市政報告会にも来ていきだき、講演いただいた羽賀友信氏のお話を聞いた。今は亡きお母さんの亡くなられたときのお話だったが、氏は「親の死は最後の教育の場」と言う。お母さんはその時に「命あり 骨身に滲みる 春の雷(らい)」という辞世の句も残しておられる。いつもながらの印象深いお話に強い共感を覚えた。
 今朝のテレビで、佐世保市の小学校で女子児童が仲の良い同級生をカッターナイフで殺害したと言うショッキングなニュースが流れた。自分のホームページに書き込まれた悪口に腹を立てての犯行だったという。直接会って話をするより、携帯メールやホームページなどでコミュニケーションをとることの多くなった昨今、果たして文字情報だけで子供たちが正確に意を伝えたり受け止めたりできているのだろうかと言う、率直な疑問を感じると同時に、腹を立てては殺意を持ってしまう短絡性や、何よりも人の命の重さ、尊さを親から子へしっかりと伝えきっているのだろうかと言う疑問も感じざるを得ない。今朝、起きがけに耳に飛び込んできた、象徴的な二つの話に深く考えさせられた。
 日中は治療院の仕事をし、夕方6時半から市内本町にある善行寺(ぜんぎょうじ)のお取り越し行事のひとつである「おたいや」によばれる。60人ほどの皆さんとともに、私のサックスの先生である佐藤さんのグループによる演奏と、長岡出身の入船亭先達師匠の落語2席を聞く。一緒に出かけた平和の森コンサート実行委員会の畠山ご夫妻や河上さんらと懇親会まで呼ばれ、佐藤さんや先達師匠らと親しく懇談。師匠には7月末に予定されている第10回の平和の森コンサートにも出演していただくことになっており、今から楽しみにしている。10時帰宅。
(2004.06.02)

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