■ 我人格形成


 4年間の大学生活のうち、凡そ2年以上はバーテンダーとコックをしていた。
当時とにかくネオン街が好きで、薄暗くなって繁華街に赤や青のネオンが灯ると、ワクワクしてじっとしていられなかった。

お金を稼がねばならない事情もあって、大学にはほとんど通わず水商売に没頭していた。

水商売の開店前の準備の雰囲気はとても好きだった。
朝でもないのに「おはよう御座います」という挨拶から夜の一日が始まる。

この時期に相当多くの、学問以外の事を学んだ。
親に学費を負担させて、本人は学校にも行かず水商売に明け暮れている。

どう見ても不良学生である。
しかし、仕事は一生懸命にやった。
元々調理などは好きだったので、楽しかった。

それ以前のダラダラとした生活とはかけ離れた、新鮮味のある生活が続いた。
親に小遣いを無心するのではなく、自分の力で働き、お金を稼ぐ事が楽しくもあった。

だんだん水商売に染まり「もう、これでいいや」と大学を卒業する事に意義を見出せないでいると、店の上司であるチーフから叱られた。
「お前はちゃんと大学を卒業して昼間の仕事に就け、水商売に染まるんじゃない」

この上司は中学を卒業して大工になり、棟梁と喧嘩して大工を辞め、バーテンダーとなった人だ。
とても職人気質の強い人で、包丁の使い方やシェーカー、フライパンの振り方などは皆、このチーフに習った。

我家では今現在でも魚の捌き、キャベツの千切りなどは小生の仕事である。女房よりも遥かに早く、正確に包丁を使う。

この上司のこだわるバーテンダー必須三ケ条は
@社交ダンスが踊れる事
A歌が唄える事
Bけん玉が上手な事 であった。
小生は社交ダンスと歌はどうしても嫌で、けん玉を一生懸命練習した。
お陰で後に海外を旅行した際、けん玉は外国人との親善に力を発揮した。



 東京新宿のパブでコックをしている時、先輩にKという男がいた。先輩と言っても小生よりひとつ年下である。
このKも中学を卒業後、集団就職で九州から上京してコックとなった。

このK、ロック歌手の矢沢栄吉に憧れていて、髪の毛はテカテカのリーゼント、いでたちはいつも皮ジャンにブルージィーンズだった。
とにかくお金を欲しがって、午後2時から10時までのパブでの勤務のあと、深夜喫茶で朝まで働いていた。

おまけにトルエンの売人までやっていて、客を見つけると隠してあるトルエンを取りに行く。
そのトルエンの隠し場所が、驚くほど身近な場所で感心したものだ。

一見チンピラ風のKなのだが、妙に気はあったし、小生はKの事を真面目な男だと判断していた。
悪い事もしてはいるが、何よりも自分の力で稼ごうとしている。そして自分の力で稼いだお金で、自分の店を持つという夢を持っている。

「遊びに来てくれ」と何度も誘われたので彼のアパートへ行くと、部屋のドアノブにメモ帳がぶら下げてある。
自分が留守の時にはこのメモ帳に用件や連絡先を書いてくれとあったが、その漢字は誤字だらけだった。



 水商売の世界が傍で見ているよりも、外から客として見ているよりも、ずうっと純粋な人間が多い事も知った。
特に女性はそうだ。
厚めの化粧、派手な衣装とは裏腹に案外、純粋な人が多い。

手っ取り早く高収入が得られるので、この道を選んだのだろうが普通の生活に憧れを抱く女性が多いと感じた。

普通の生活とは平凡な暮しの事だ。
平凡な暮らしとは、ごく普通に結婚して子を産み、亭主や我子の為に甲斐甲斐しく動き回る主婦の生活だ。
朝起きて、エプロンを着けて御飯を焚き、味噌汁を作るといった平凡な生活を夢見ている。

つまらない男に騙されて、貢がされて、捨てられると尚更の事
「普通の生活」に憧れるようだ。



 売れないポルノ俳優が店にアルバイトに来ていた。
彼は自分のテクニックが上等なので、撮影の時いつも女優が本気になると自慢していた。

笑うと欠けた前歯がもろ見えで、俳優には似つかわしくないと思っていたが、屈託のない人柄の彼は「ポルノ俳優に顔は余り関係ない」と言っていた。



 本業で食えない、夢ばかり追っているイラストレーターもいた。
暫く一緒に働いていると仲良くなった。すると彼はパネルにした自分の作品を小生にプレゼントしてくれた。

小生は絵やイラストの事は全く分からないが、とてもプロとして食って行ける腕前とは思えなかった。
結婚もしていて、確か子供もいた筈だ。
しかし小生は、イラストレーターを職とするのは諦めた方が良いとは、とても言えなかった。



実に泥臭い環境に身を置いていた。
いろんな人間が、いろんな思惑で生きている。
それまで小生が知り得なかった世界だ。
「人が生きる」とはこんなにもドロドロとしたものか、と思った。

小賢しい理屈など知らず、政治や経済の事もどうでもいい、
それでも逞しく生きている男達と女達が沢山いた。
ここまで屁理屈主体に生きて来た自分にとって、とても新鮮で居心地の良い世界だった。

そしてこの2年程の間に、小生の物事に対する思考の原型が出来た様に思う。

この当時まで、漠然とした認識ではあるが、「人間は皆、平等である」と信じていた。
「人間は皆、平等である」 否定しずらい言葉だ。
こう言われると耳障りが良くて、ついつい正しい認識と思ってしまう。

しかし泥臭い世界に身を置き、いろんな人と付き合ってみると、一体人間の何が平等なのかと、余りに抽象的、観念的な言葉に考え込んでしまう。

物理的にも意識の上でも多様極まりない人間の、一体何が平等なのか。

2年余りの水商売の経験で、人間なんて平等でない事を学んだ。
人間が平等でないと気がついて、それまで疑問に感じていた事が解決した。

生まれた瞬間から、それぞれの人間に備わっている能力がバラバラなのに、人間は皆平等だと言い張る方に無理がある。



そしてまた、人間が平等であるか否かなど、本来どうでもいい事なんだ。
多くの人間が実存し、生きているという現実の前で、如何に幸福な日々を送るかが大切だ。

元々不平等なる人間の存在を無理やりに平等と思い込もうとする事ではなく、不平等を認識した上で、お互いの存在を認め合う事が大切なのだ。



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