■ 犬便事件と人の縁

 高校に入学して間も無く実施された検便の時、自分の便ではなく、当時我家で飼っていた犬の糞を検査用の袋に入れて提出した。

自分の便を提出する事への照れと、シャレのつもりでやったことだ。
「これがホントの犬便だあ!!」と言って提出した。

何日かして保健室のN先生がエラい見幕で教室へやってきた。
N先生の年齢が当時何歳だったかは分からないが、小生のイメージではおばあちゃん先生だった。

どういう用件で教室へやって来たのかは、勿論小生は分かっていた。
N先生は教室へ入るやいなや「内田君ている」と睨みをきかす。
その表情から怒りがにじみ出ている。

「あー やばい」と思いつつ「は、はい」と返事をすると、つかつかと小生の前までやってきて「ふざけんのも いいかげんにしなさいよ、バシッ」
とビンタをはられた。

これを小生の自分史の中で「犬便事件」と言う。
犬便事件以降、大して用もないのに保健室へはよく出入りした。
中学時代もそうだったが、保健室が好きで仮病をつかって出入りしたものだ。

 このN先生、実は小生の祖父とも両親とも知り合いで、社務所にも出入りしていた。
後になって知ったのだが、昭和五十二年には手水舎(てみずや
ー神殿の手前に立っている、参拝前に手を洗う処)を奉納して下さっていた。

母の闘病生活中にも見舞いに来て、励まして下さったりもした。
何とも親に恥をかかせる小生なのである。

N先生は生涯を教育や日本赤十字社での奉仕活動に捧げた人である。
このN先生の影響を強く受けた小生の先輩が、現在当神社
みこし会江神會の幹部の一人である。
また、N先生の甥にあたる方にも幹部の一人として公私共に
お付き合いを頂いている。

 振りかえると、つくづく「人の縁」というものを感じる。
江別神社が、己自身が、多くの縁によって支えられ、存在し得る
幸福をかみしめる。
この「人の縁」が小生の最大の財産である。

 五十年近く生きてきて、小生は自分の事を不幸な存在と思った事はない。
いつでも自分は恵まれた存在と感じながら生きてきた。

心臓に持病を抱える身となった今でも、それは変わらない。
自分を恵まれた存在と自覚する源泉は「人の縁」である。
学生時代もサラリーマン時代も、勿論現在も「人の縁」には恵まれている。

この「人の縁」によって多くの人に出会い、多くの価値観に触れ、
多くの情を感じ、多くの事を学んでこれた。

「人の縁によって生かされている」と自覚した時、何かをせずにはいられない。
恩返しなどという、大袈裟なものではないが、何かをせずには
いられない。

この年になっても、「自分に何が出来るか」まだよく分からない。
しかし、「自分に何が出来ないか」は分かっているつもりだ。

鎮守の杜の宮司として果たすべき役割、父として夫として果たすべき役割、また一人間として果たすべき役割を、己の果たすべき役割を熟考し実践して行く。

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