観察撮影記録09 戻る 昨年までの記録
10月3日(土) 相模川周辺
今日は久しぶりに相模川へ行って来た。相模川はセイダカアワダチソウが伸びてきた。石の上ではヒバリが春の時季と同じように元気に囀っていた。カワセミがいつもと同じ所で姿を見せた。コサギやダイサギが川のそばで餌を探しながら移動していった。カワラヒワは枯れかけたひまわり畑を多くの群で行ったり来たりを繰り返していた。朝から雨が降ったりやんだりであった。ミサゴが姿を現さないかとまったがその姿を見ることはなかった。少しぶらっとしてから、大和の泉の森で行われている写真展に行って来た。すばらしい野鳥写真を見せていただいた。その公園では、今日もカワセミを狙ってのカメラマンが多く集まっていた。その後は、車の中で飽きもせずに内田康夫の小説に読みふけった。「氷雪の殺人」なるものを。
9月23日(水) 相模川周辺
相模バードフォトクラブの第11回写真展には、お忙しい中また遠くからもたくさんの方々にご来場いただき、多くの貴重なご意見を頂いたことに深く感謝いたします。こらからも皆様方の励みを糧に頑張りたいと思います。ご高覧いただきました皆様方、大変ありがとうございました。
写真展を終えて、昨日、今日と久しぶりに相模川周辺を探ってみた。相模川周辺では、彼岸花が盛りで光に輝いてきれいであった。彼岸花に絡んだ鳥の写真と思うが思うような写真はこれまでも撮れていない。河原は鮎釣りの人たちとバーベキュウを楽しむ人たちでにぎわっていた。ススキがたなびき葉が枯れてきたオニグリミの木が秋が深まってきたことを感じさせる。田圃周りではつい先ほどまで鳥獣被害を防ぐために地元の猟友会の方々による散弾銃の轟きはもうなくなり、稲刈りの季節を迎えた。もうそろそろミサゴやチョウゲンボウ、ノビタキが姿を見せていないかと探ってみたが、その姿はなかった。枯れかけたひまわり畑には、カワラヒワやスズメが群れていた。その枯れたひまわりに寄ってくるカワラヒワを狙ってみた。しかし、なかなか思うような写真撮れなかった。相模川では、もう少し人が少なくなるまでは鳥の写真はむずかしい。
9月6日(日) 相模川周辺
先週も昨日も相模川周辺を探ってみたが、これという鳥は探せなかった。田圃周りでは、シギチが入っているはずなのであるが、先週はヒバリシギを見つけたが、他にはというとコブハクチョウを3羽見つけただけである。コブハクチョウはやけに人なつっこくて釣り人のすぐ近くで逃げようとはしなかった。どこから来たものだろうか。山中湖からか。先週見つけたが、今日も同じ所にいた。相模川は、釣り人やバーベキュウを楽しむ人が多く、鳥の姿も少なかった。もう少しの我慢である。今日は清流の里で行われている知り合いの写真展の会場につきあった。内田康夫の推理小説もこの夏11冊目を読み終えた。それだけ、鳥の撮影ができていない証拠である。平塚辺りはにぎわっているようであるが。
8月15日(土) 山中湖
下界が暑くなってきたので、涼を求めて山中湖へ行って来た。お盆休みとあって山中湖周辺は大変混んでいた。まずはどこへ行こうかと迷ったが、北富士の演習場へ行ってみることにした。天気は雲が多くガスっていて富士山などはまったく見えなかった。空気は冷たくてススキが穂を出し、もうすっかり秋の裾野であった。鳥は、ノビタキやホオアカ、ビンズイ、ホオジロ、アオジ、セッカ、キジなどが見られた。特にノビタキの成鳥や幼鳥など数が多かった。どこかよいところにとまらないかと様子を見ていたが、なかなか思ったところにはとまらなかった。車を停めて、ガスコンロで朝食を作りながら待っていると、ノビタキの雌が近くにとまってくれた。カメラはセットしていたのですぐ向けることができた。何枚か撮影できたが、それからはなかなか警戒心が強くて近くには来なかった。レトルトのカレーとオニオンスープを食していると今度はホオアカがやってきた。
その後は。なかなか近くにはやってこなかったので、車で流しながら広い演習場を巡ってみた。車で移動していると鳥は姿を見せるのであるが、なかなか思ったところにはとまらなくて写真にはならなかった。途中、鹿の家族や野ウサギが見られたのは収穫であった。何周かしてみたが、らちがあかないので涼しいところで一眠りしてから帰ってきた。
8月10日(月) 新潟から輪島へ
8月2日(日)から9日(日)にかけて新潟県と能登半島の輪島へ行って来た。八王子インターから乗って新津のインターを出るまでに5時間。通行料金1000円。なんと嬉しいことか。瓢湖についたのはもう夕暮れ時であったためその日はそのまま車の中で寝た。次の朝は雨。雨が上がったのは昼過ぎであった。冷夏のためだろうか蓮の花は、少ないように感じた。それでもヨシゴイは蓮の合間で頻りに餌捕りをしていた。花に絡むように粘って何枚か撮影できた。しかしまだまだ納得のいく写真は撮れないため、次の日も粘ることにした。その日は朝から良い天気で暑い日となった。新潟地方の梅雨が明けたと言うことであった。二日目となるとヨシゴイの動きがある程度読めるようになった。きれいな花に絡むのを待ってシャッターを切ることにした。一日粘って何枚か撮影できたが、この日の暑さには参った。
その夜パソコンで確認してみたが、どれも充分満足のいくものはなかった。花はきれいでヨシゴイのポーズも良いが、バックがうるさいものや魚の形がもう一つというものであった。次の日も挑戦することにした。
次の日は曇りがちの天気であった。花の撮影にはよい。花もきれいであった。そのきれいな花に絡む写真は何枚か撮影できた。それでも水面がうるさかったりヨシゴイの体に影が入ったりとなかなか思うようには行かなかった。後は花の上にとまらないかと願ったがそんな奇跡は起こらなかった。この3日間にいろんな方にお世話になった。その中でもK先生と昵懇だという方とはいろんなことを教えていただき大変お世話になった。その日4日ぶりに風呂に入った。
その後、どうしようかと思ったがせっかく休みを取ってきたのだから日本海沿岸を探ってみることにした。ある川の河口ではコアジサシの繁殖場所があり、たくさんのコアジサシが群れて飛んでいた。初めはよく分からなかったが、よく見ると雛が警戒してうろちょろ逃げる姿が見えたため近づくのをやめた。天気が悪かったためカメラを出すこともしなかった。その後、クロサギやシギチがいないかと沿岸を南へと下ってみた。新潟から柏崎にかけては水がとてもきれいでどこでも海水浴を楽しむことができる砂浜が続いていた。鳥はカモメぐらいであった。その後、ここまで来たのだから上杉謙信や直江兼続ゆかりの春日山城址へ行ってみることにした。
春日山城址に寄った後、まだ行ったことのない能登半島の輪島へ行ってみることにした。能登半島の海岸沿いを探ってみることと輪島では漆器を見てみたいと考えたからである。北陸道からは夕陽がきれいに見えるはずであったが、この日も雲が厚くて太陽を見ることはなかった。富山で北陸道を出て能登半島へと向かった。途中能登島に寄ってから輪島へと向かった。波が穏やかで所々で小さな島が浮かんだ景色は、私の田舎の瀬戸内海と似ていた。輪島に着いた時はもう辺りがすっかり暗くなっていた。道の駅で地元の民俗芸能の太鼓が披露されていた。そこでなんと私の知り合いの方と遭遇した。どこで誰と会うか分からないと思った。
次の日の輪島はバケツをひっくり返したようなどしゃ降りの雨が一日中続いた。漆芸美術館の見学や能登半島の北の端を巡ってきた。シノリガモとカモメがいただけで他にはこれという鳥を見つけることはできなかった。景観はすばらしかった。特に輪島の千枚田はすばらしかった。よくもあんな狭いところに何枚もの棚田を作ったものだと感心させられた。地元の農家の執念というものだろうか。鳥の撮影はできなかったので、次の日を待つことにした。
次の日も太陽は顔を見せることはなかった。一日中どんよりとした雲が厚く覆っていた。漁港の市場に群れるカモメやトビが面白かった。ミサゴもよく姿を見せた。ミサゴは頻りに飛び込みを見せたが、先日の雨で水が濁って魚が見えないのかなかなか魚を捕らえることができなかった。それでもミサゴは充分楽しませてくれた。曇りでなければよい写真になったのであるが。
次の日は、朝市で買い物をした。立ち止まっておばちゃんの話を聞くとついその話にほだされて買い込んでしまった。その後、ミサゴと遊んでから帰路に就いた。北陸道のトンネルの多さには参った。新潟から長野に入り中央道をまわって帰ってきた。7泊とも車中泊。もう車中泊には慣れたものである。総走行距離は、1713kmであった。高速料金1000円の恩恵を充分味わってきた。
7月26日(日) 相模川周辺
昨日いつもの神社にアオバズクの様子を見に行ってきた。いつもの枝にアオバズクの姿がない。雛が巣立ったのだろう。どこだろうと探してみると、杉の木の高いところに5羽がとまっているのを見つけた。雛は3羽が巣立った。昨年も3羽だったが今年も3羽。もう親と変わらない大きさだが、まだ産毛が残ってとても可愛いものであった。しかし、杉の枝が邪魔をして写真にはならなかった。しばらく様子を見たが昨日はカメラを出すことなく終わった。今日も同じところへ行ってみたが、昨日と同じ杉の木にとまっていた。あまり写真にはならないと思ったが記念に何枚か撮影してきた。昨日も今日も風が強くて境内はとても気持ちが良かった。内田康夫の推理小説もかなり読み進めることができた。
7月19日(日) 相模川周辺
今日も一日いつものアオバズクを観察してきた。今日は風が心地よく吹き境内はとても涼しかった。今日は雌のアオバズクにレンズを向けて羽伸びをするのを待った。風が吹く日はよく羽伸びをする。今日は絶対羽伸びを撮りたいと粘った。思った通り何度か羽伸びをしてくれたが、フレームから切れたり、ぶれたりしてしまった。それでも粘った甲斐があってなんとか羽伸びを撮影することができた。まもなくすると雛が巣立つことであろう。
明日は、スルメイカ釣りに出かける予定である。
7月11日(土) 相模川周辺
今日もいつもの神社にアオバズクの様子を見に行ってきた。今日行ったところでは雌も外にでており2羽が観察できた。雌が外に出ていると言うことはもう雛が大きくなって巣穴がせまくなったと言うことか。そこのおじさんの話では、3日前から雌も外にでているという。今日はそこの神社で一日を過ごした。曇り空で風がとても心地よかった。本を読みながら観察を続けるという一日であった。羽伸びを期待したが、羽伸びをした時も木の枝が太くてもう一つ形にならなかった。それでも青葉がきれいで一日を過ごすことになった。昨年は3羽の雛が巣立ったが、今年は何羽だろうか。これからが楽しみである。
7月5日(日) 相模川周辺
昨日今日といつものように相模原市内のアオバズクを見てきた。昨日は天気が回復して撮影日和となったため一日中神社の境内で過ごした。アオバズクはいつもの所にとまっていたが、なかなか動きを見せなかった。本を読みながら時折アオバズクを見上げるという一日であったがさすがに目と首が疲れてしまった。夕方近くになってやっと羽伸びをしてくれたがそれまでなんと9時間が過ぎてのことであった。粘った甲斐があったがそれでも何か物足りない。もっとすごい羽伸びを見たいものである。
今日も同じところで午前中過ごしたが思うような写真は撮れなかった。午後から別の場所に行ってみたが、もっと厳しい場所にアオバズクはとまっていた。そこには知り合いの方々がいて話ができたのが良かった。これからしばらくアオバズクの観察が続くことになりそうである。仕事も忙しいときであるがもっと追い込まれないとやる気がしないのはなぜだろう。最近足の裏のしびれで参っている。何か変な病気にでもなったのだろう。8月1日の人間ドックが怖い。
6月14日(日) 相模川周辺
昨日今日とアオバズクの様子を見てきた。あるところのアオバズクは、木の低いところにとまっており撮影には絶好のポイントにいた。しかし、昨日はカメラを出すことはしなかった。もう一つのところを探しに移動したからである。もう一ヶ所にもアオバズクは来ているのだが、まだなかなかその姿を確認できないでいる。しばらく探してみたが、その姿を見つけることはできなかった。今日は、昨日と同じところへ行って来た。今日は知り合いと共にカメラを構えて写真を撮ってきた。久しぶりに会った知り合いの方々と話ができて楽しかった。もう一つの場所でも今日はその姿を確認することができた。これからが楽しみである。
5月31日(日) 相模川周辺
今年もアオバズクがやってきた。いつものところでは地面に蛾の羽が落ちており白い糞が散らかっていた。アオバズクはどこかに姿を隠して見つけることはできなかったが、社務所のおじさんの話では、昨日は桜の木にとまっていたと言うことであった。他のところにもやってきたということである。また、しばらくするとアオバズクに張り付くようになるだろう。相模川ではいつものようにオオヨシキリが元気よく鳴いていた。田圃では、田植えが始まり農家の人たちは大変忙しそうであった。ヒバリの子どもたちも元気に巣立ち親と共に行動をしていた。カワセミはいつものようにチーと鳴いて横切っていった。セッカもヒンヒンとなわばりの上空を飛び回って元気であった。
昨日の釣りの疲れがあったので、その後「相模原温泉」に行って来た。え?相模原に温泉があるの?あるんですよ。是非一度遊びに来て下さい。ご案内いたします。昨日の釣果はだって?大型のアジ2本と、サバ2本だけ。何ということだ。大型の真鯛を狙っていったのに・・・。しめさば寿司は格別の味であったが。
5月17日(日) 相模川周辺
いつもの相模川には、コアジサシが飛びセッカがヒンヒンと鳴いていた。ヒバリはまだ元気に空高く囀っていた。オオヨシキリがアシの原でギョシギョシと大きな口をおけて元気よく鳴いていた。しばらくそのオオヨシキリを狙ってみた。大きな口を開けた瞬間を狙ったが、葦の葉が邪魔をしてなかなか上手く撮影できなかった。狙いの写真が撮れるまでには時間がかかった。それでも久しぶりに相模川で写真が撮れたことに満足をした。昼からは、相模原市の自転車大会があったため、そちらに行くことにした。
今日は風が強くオオヨシキリは同じところで鳴いていたが、なかなか姿を現さなかった。風が強いために葦の外に出て来ないのであろうか。しばらく粘ってみたが強風は収まりそうもなかったので諦めて帰ってきた。
5月10日(日) 相模川
昨日今日と相模川を探ってみた。いつものところでは、カワセミがチート鳴き、ヒバリが囀り、セッカがヒンヒンと飛んでいた。コジュケイがこっち来いこっち来いと鳴き、コアジサシが横切っていった。河原は菜の花が終わり緑の草が色を濃くし、アメリカシャリンバイの白い花が盛んに咲いていた。ヤマセミのポイントには多くの人がカメラを構えていた。朝早くに魚を捕らえたとのことであった。私は様子を見ただけで他のポイントを探ってみることにした。蘆の生い茂ったところでオオヨシキリが頻りにギョシギョシと鳴いていた。今年もここで繁殖をするのであろう。河原は暑いくらいの陽気であったが、直江兼続の小説を読み切った。戦国の世の小説はとても面白い。ちなみに読んだ本は、藤沢周平の「密謀」という本である。その前には、江宮隆之の「直江兼続」を読んでもう夢中になったものである。このところ歴史小説が面白い。今度は司馬遼太郎の「豊臣家の人々」を読んでみようと思う。またきっと夢中になることであろう。熱しやすくて覚めやすい私の性格がここでも現れた。
5月3日(日) 北関東
フクロウの雛が巣立ったということで北関東へ行って来た。相模原を出たのは、昨日の朝6時であった。連休のため少し道が混んでいたが、目的地に着いたのは、8時頃であった。もうすでに多くの方がカメラを構えていた。その中に私達のクラブの方もいた。フクロウの雛は巣穴の上に乗って体を出していた。メインポジションは、もうすでにいっぱいで入る隙間がなかった。なんとか木の葉の隙間を狙って雛を写し込むことができた。雛の周りは、木の葉の前ぼけの写真であったが、これも雰囲気が出て良かった。2.3枚切ったところで雛が急に巣穴に入ってしまった。夕方まで待てばまた出てくることを期待して、夕方まで粘ってみた。しかし、その日はそれっきり出てくることはなかった。せっかくここまで来たのに、このまま帰るわけには行かなかった。その夜は車の中で寝ることにした。
次の日は、早起きして現地に行こうと目覚ましを朝の3時にセットしたが、起きられなかった。酒を呑み過ぎた。目が覚めたときにはもうすっかり辺りは明るくなっていた。朝の5時であった。現地にはもうたくさんの方がカメラを構えていた。今日も出遅れてしまった。しかし、昨日とカメラを構えているポジションが違う。雛が2羽巣穴から出て離れたところにとまっていた。そのために何とか一つの雛を狙うことができた。朝の内は一つの雛だけを狙ってみたが、せっかく来たのだからと欲を出し、もう一つの雛や親も撮影してきた。雛は時折羽伸びをしたりあくびをしたりと楽しませてくれた。一晩泊まって良かったと思った。情報を頂いた方々に感謝をしたい。ありがとうございました。おかげさまで可愛い雛の写真を撮影することができました。
4月25日(土) 相模川
今日は朝から雨であったが、コムクドリを見たくて相模川へ行って来た。2、30羽の群で来ているという。初めはカワセミがやってきた。雨を写し込もうといろいろとシャッター速度を変えて撮影してみた。適度な雨の筋を写し込むには15分の1程度が良いみたいである。それより遅いと流れすぎてしまう。カワセミは一度だけやって来たがコムクドリは姿を見せることはなかった。雨があまりにも強いためだろうか。クイナが姿を見せたがすぐに行ってしまった。だんだん川の水が上がってきたために帰ることにした。
4月19日(日) 相模川
コムクドリが来ているということで相模川へ行って来た。コムクドリは昨年も撮影したがとても目がくるっとして可愛い鳥である。鳥の目はみんなくるっとしているが、コムクドリの目の可愛らしさは何であろうか。私はコムクドリを見ると無条件に可愛いと思ってしまう。可愛いと思う鳥は他にもいるがなぜかコムクドリの可愛らしさは他の鳥にはないものを感じる。それが何であるのかは私には分からない。ともかく可愛いからコムクドリを見たいと思って相模川へと出かけた。
コムクドリは多いときには20羽くらいの群で、少ないときには4.5羽で。朝8時前から昼まで粘ってみたが、コムクの姿は見ることができなかった。セッカがヒン、ヒンと鳴き、ヒバリが空高く囀っていた。チョウゲンボウがすぐ近くに来たが、カラスに追われてしまった。カワセミは何度か飛び込み水浴びを見せてくれた。相模川にはまだ、ツグミが見られる。クイナはこの日、姿を見せることはなかった。朝の内は涼しかったが、昼間は初夏のような陽気であった。藤の花がきれいに咲いた。ツツジも。桜が終わり菜の花も終わりに近づいた。季節の移り変わりはとても早いものである。
昨日は、久里浜に真鯛釣りに行って来た。真鯛45cm、1.2kgゲット!もっと大きなものを・・・。

4月11日(土) 北関東
今日は久しぶりに北関東のオオタカに行って来た。桜がまだ咲いて、その桜の木にとまるオオタカを夢見て。朝6時前に家を出て入間から高速に入り北を目指した。少し流れの悪いところがあったが、それほど苦になるものではなかった。現地に着いたときには2人の方がカメラを構えていた。私もカメラを構えてすぐにオオタカは姿を見せた。2.3枚切った後に飛び立ってしまった。2人の方はその方向へ様子を見に行ったが、私は桜の木で待つことにした。桜の木にはなかなかやってこなかった。雄の個体が入れ替わったということでこれまでの動きと少し違っていた。それでも桜の木にと思ったが、桜の花はもう葉桜になってしまいピークを過ぎていた。この日は陽に当たると暑いくらいの夏日になった。日陰を探しながら様子を窺うことにした。やがてケヤキの高いところにとまっているオオタカを見つけた。そこにカメラを移動して何枚かシャッターを切った。その後、桜の木にとまるのを待ったが、昼頃2.3回やって来たが枝がじゃまして絵にならなかった。この日、オオタカの姿が見られたのは、朝の内だけであった。午後2時頃、道が混まない内にと思って帰ってきた。
3月29日(日) 相模川、東京都
昨日は、相模川の上流のヤマセミの様子を見てきた。私が行った時にはもうすでに20人の方がカメラを構えていた。しばらく様子を見ていたが、中州の枝にカワセミがとまって頻りにホバリングを繰り返していた。ヤマセミの姿はなかった。朝の内に何度か来て上流の方に飛んでいったということであった。しばらく待てばまた姿を現すだろうと準備をすることにした。ところがどっこい。長玉のレンズを忘れてきた。何ということだ。がっかり。それでもしばらく様子を見ようと待ってみたが、用事があったため切り上げることにした。
今日は、東京都のチョウゲンボウに行って来た。行く前に友達の見舞いに寄ってから、チョウゲンボウの場所へと向かった。朝は曇りがちであったがだんだんと天気が良くなってきた。この場所は先週も行って来たが、その時は曇りで薄暗くて写真にはならなかった。今日は天気が良く期待が持てた。チョウゲンボウはいつもの木にとまって待っていてくれた。木にとまったところや飛んでいるところを何枚か撮影してきた。桜の開花は、東京地方は例年より早かったがこのところ花冷えが続いているためか、1分から2分咲きといったところであった。木によっては4分咲という木もあったが。
杏の白い花だろうか、そこにはジョウビタキがやってきていた。知り合いの方がしばらく狙っていたが、私もその方が帰った後にそのジョウビタキを狙ってみた。木の枝にとまるのを狙ったが、ブロック塀の上にとまるものしか撮ることができなかった。チョウゲンボウは午後になってから動きが少なくなってきた。午後3時頃に切り上げて帰ってきた。ここでも失敗をやらかしてしまった。折り畳みの小さないすと今日買ったばかりの文庫本を忘れてきてしまった。気がついたのはもう相模原に近くなっていたために諦めた。どなたかに片づけてもらうしかない。誠に申し訳ない。このところ失敗ばかりしている。
3月15日(日) 相模湾
昨日は、近くの公園でモモの花にやってくるメジロやヒヨドリを観察してきた。相模川にも寄ってきたが、いつもの鳥だけでこれという情報はない。今日は、また沖右衛門に行って来た。海釣りである。今日は黒鯛を2枚ゲット。船中私だけであった。他にはサバが10枚。サバは、職場の方々にあげてきた。相模湾にはたくさんのカモメがいた。セグロカモメはサバの頭を丸飲みして飛んでいった。カモメはたくさんいたが、双眼鏡で見ることはなかったのでどんなカモメかはよく分からなかった。今度釣りに行くときには双眼鏡も持っていくようかな・・・。他には、ミサゴも飛んでいた。今日の釣果をご覧下さい。鳥ではなく釣りのホームページになってきたかな。今度は鳥も頑張ります。どなたか良い情報を。

3月8日(日) 相模川周辺
昨日今日と相模川周辺を探ってみた。昨日はてるて姫の里公園姥沢公園の清掃活動があったためその後、近くの公園や相模川を探ってみた。相模川では、いつものようにミサゴが上空を飛びカワセミがホバリングをしていた。このところミサゴが飛び込むことはほとんどない。ただ上空を通過して行くだけである。いつもの所では、何人かの方がカワセミとクイナを狙っていた。河原の石の間ではイカルチドリがペアでいた。畑周りではチョウゲンボウが飛びタヒバリやツグミが見られた。白いスズメがいるということで探してみたが昨日は見つけられなかった。その白いスズメは今日河原で見ることができた。頭は茶色で体が白い部分白化である。雑木林の中ではウグイスとメジロがやってきていた。ハギマシコやレンジャク、オガワコマドリの情報を頂いたが、何でか気が向かなかった。何でであろうか。
河原のヤナギは芽を出し、公園のモモやサンシュの花が咲き、早咲きの桜はもう葉桜となった。河原ではヒバリが高く飛び上がり、囀りを見せていた。季節はもうすっかり春になった。フィールドに出ると季節感が実感できる。また人にも出会える。だからこそ私はいつものように私のフィールド相模川へと通うのである。
2月21日(土) 相模川周辺
今日は、いつもの相模川へ行ってみた。そこにはいつものようにミサゴがやってきて旋回をして見せたが、飛び込むことはなく下流へと去っていってしまった。カワセミはいつものようにホバリングをして飛び込んだ。オオバンがつがいでやって来たが車が近づいたために遠ざかってしまった。ミサゴは下流へと行った後また再び戻ってきて近くの池の上空で旋回してまさに飛び込みそうであったが、人がいたためか飛び込むことなく上流へと飛んでいった。
その後、近くの雑木林へ行ってみた。そこには、メジロやウグイス、ルリビタキが姿を見せた。そこで今日は午後から一日過ごした。そこで久しぶりにあった方が懐かしかった。子供が産まれて幸せそうであった。
2月14日(土) 相模川周辺
相模川の上流では、ヤマセミを狙って多くの人が集まっていた。その下流では、コブハクチョウが一羽迷い込んでいた。更にその下流では、カワセミがホバリングをしてダイビングをしたりオオバンが草を啄んだりしていた。雑木林では、トラツグミやルリビタキが姿を見せていた。このところ写真になるものはない。
15日の日曜日は、海釣りに行ってきた。黒鯛を1匹ゲット。鳥の写真は・・・。

1月25日(日) 相模川
昨日今日いつものように相模川に行って来た。私のいつものポイントは、座架依橋下流である。そこに行けば、ミサゴもやってくるしカワセミも姿を見せる。たまにオオタカやハヤブサも姿を見せる。昨日は風が冷たかったが、今日は暖かい相模川であった。ミサゴは何度か姿を見せたが、通過するだけで、飛び込む様子はなかった。それでも昼間で粘ってみたが、何度か旋回しただけであった。カワセミがホバリングをし、コチドリが愛嬌のある姿を見せてくれた。ノスリが二羽旋回を繰り返していた。そんなものかな、昨日今日は。
昼からは家に帰ってから、写真の整理とこれまでの記録のまとめで時間がつぶれた。今、これまでの記録を少しでもまとめようとワープロを打っている。文才のない私には、疲れる仕事である。
1月17日(土) 相模川
北海道から帰ってきてからは、いつものように相模川で一日を過ごすことが多い。今日も暖かい相模川で様子を見た。オオタカの幼鳥がカラスに追われていた。カワセミがホバリングをして楽しませてくれた。ハヤブサも二羽が姿を見せ、頻りに餌採りをしていた。クイナが草むらから出てきた。ミサゴは姿を見せるが、素通りして行くだけであった。雲一つなく天気の良い日であったが、これという写真は撮れなかった。他には、ジョウビタキ、セグロセキレイ、ツグミ、カワラヒワ、ヒバリ、カワウ、アオサギ、コサギ、スズメ、カラスぐらいのものであった。明日も自分のフィールドである相模川を探ってみようと思う。私のポイントよりももっと上流には、沢山の人が集まっているそうだ。
1月5日(月) 相模川
この暮れから新年にかけて、北海道へ行って来た。それも、自分の車で。相模原を25日に出発し、宮城県の伊豆沼に寄った後、青森に向かった。フェリーで函館に渡り、苫小牧、襟裳、釧路、知床と行って来た。今回の旅行は、自分の車で知床まで行くことと、オオワシやオジロワシ、エゾフクロウ、タンチョウなどを撮影することであった。その目的を達成して、帰ってきたのは1月2日の夜遅くであった。その報告は後日詳しく報告します。
帰ってきてからは、相模川に寄ってみた。ミサゴが時々飛び込んでいるが、なかなか魚を捕まえることが出来ない。カワセミがホバリングをして飛び込んだ。イソシギが尾を振りながら頻りに餌探しをしていた。カワウは相変わらず多くの群で飛んでいた。ミサゴの飛び込みを待ったが、1度飛び込んだが魚を捕まえることが出来なかった。この2日間は暖かい相模川で過ごした。その間にスケッチを仕上げた。
今年もよろしくお願いします。
自分の車で北海道へ(08.12.25.〜09.1.2.)
「その旅は、スリリングでとても楽しかった。」「往復3800kmの旅」
<1日目>12月25日(木) 相模原から伊豆沼へ
この日の夜に出て、伊豆沼で夜明けを迎えようと言う計画であった。しかし、昼過ぎに準備が出来たので、相模原を出発した。東北道に入るまでに3時間がかかった。それから古川インターで降りて、伊豆沼に着いたのは、午後9時過ぎであった。サンクチュアリーの駐車場で寝た。この日、関東は気温16℃で暖かったそうであるが、宮城県は小雨で、夜は気温3℃であった。明日は、もっと気温が下がり、雪になるという。青森まで行けるだろうか。フェリーは、出るのだろうか。初日にして、不安がよぎる。ここまで466q。焼酎一杯ひっかけて車の中で眠る。
<2日目>12月26日(金) 伊豆沼から函館
伊豆沼の朝は、一面銀世界。かなり強く吹雪いていた。これでは、マガンの飛び立ちは到底無理だろうかと思いながらもポイントへと向かった。誰もいなかった。しばらく吹雪いていたが、あたりが明るくなってくる頃には、雪は弱くなった。
やがて第1段が飛び立った。まだ薄暗いが、シャッターを切った。それからは次々と群になって飛び立った。頭上を飛び越えていくマガンには圧倒した。遠くの空が少し紅くなり、その中を無数のマガンの群が飛んでいった。久しぶりの光景である。伊豆沼のマガンの飛び立ちはもの凄いものであった。
沼にはまだ少数の群が残っていたが、その後は、田圃のハクチョウを少し撮ってきた。
その後雪はやんだが、風が強かった。もっと北上すれば間違いなく雪が多くなる。吹雪になることは分かっていたが、私の今回の目的は、青森まで行き、そしてフェリーで北海道に渡ることであった。何の躊躇もなかった。東北道を北へと向かった。
雪は岩手に入って降ってきた。まだはじめは弱い雪であったが、だんだん強くなってきた。スピードに気をつけながら、車を走らせた。花巻あたりで一度、雪はやんだ。しかし、青森に入ってからは、猛吹雪となった。松尾八幡平の先で事故があり通行止めとなった。そこから安比高原を越えて、また東北道へと入った。雪は益々強くなり、もう先は視界30から40mくらいであった。少し危険を感じたため、弘前で降りた。
弘前から青森まで、国道7号線をフェリー乗り場へと目指した。やっとの思いでそこに着いたのは、築館から6時間後であった。この吹雪で暴風波浪警報とかが出ているという。これでは、フェリーは出ないだろうとあきらめの境地で、道南フェリーに電話をした。思いがけなく、フェリーは出るという。これは、ラッキー。早速、青森発17時の予約を取った。しかし、それにしてもフェリー代は、高かった。片道2万円で、往復割引で3万8千円であった。青森までの高速料金よりも高くついたかもしれない。高速料金はあまり考えないことにしていた。先の振り込みの大変さも考えなく。そんなことを考えていたら、先に進めない。それからは、金の計算はしなかった。
函館に着いたのは、それから4時間後の午後9時であった。船では少し眠れるかと思ったが、興奮しているためか、なかなか眠れなかった。揺れは大したことはなかった。函館に着いてからは、もっと北を目指したいとも思ったが、近くのお風呂屋さん(しんわの湯)に入って、そこの駐車場で眠ることにした。ここまで900kmの道のりであった。(鳥の写真は、最近画像のページをご覧下さい。)





<エピソード1>
トラブル発生。寝酒のつもりで飲んだものが、こぼれてしまった。それもハンドル前に両面テープで固定した、デジカメの充電器に。しばらく、ランプが点灯していたが、やがて消えてしまった。どこかでショートしたみたいであった。明日、様子を見てだめだったら、どこかで充電器を買わなくてはならない。(充電器は、次の朝、復活してくれた。ほっとした。)
<3日目>12月27日(土) 函館からウトナイ湖
函館の朝も雪であった。気温は、ー6℃であった。道路が凍っていたが、おそるおそる苫小牧に向けて、車を進めた。途中、大沼に寄ってみたが、全面凍結で何もいなかった。駒ヶ岳も雲の中で見えなかった。海岸線を少し走ってから、道央道に乗った。高速なら除雪され、雪は全くないだろうと思った。ところがどっこい、全く除雪されていなかった。路面には、2、30cmくらい雪が積もっていた。なんてこった。こんな所を高速で走るわけには行かない。乗ってすぐに出たかったが、そうはいかず、しかたなく長万部まで高速を40kmくらいで走った。高速料金を返してもらいたくなった。全く。出口で「この状態で閉鎖にならないんですか」と聞いてみた。「これぐらいでは閉鎖にはならないんですよ。除雪が間に合わなくて」ということであった。なんていうことだ。頭に来た。(この日、初めて旭川の旭山動物園でペンギンの散歩が開始というニュースが流れた。)
長万部からは、海岸線を室蘭を経て、苫小牧へと入った。ところどころ猛吹雪で視界が悪かった。苫小牧の手前で少し晴れたが、苫小牧でまた雪になった。ウトナイ湖で夜を迎えた。ウトナイ湖は全面凍結で鳥はいなかった。サンクチュアリーの駐車場で眠ることにした。千歳を飛び立つ飛行機が頭上をかすめていった。お正月を家族で過ごす客を乗せて・・・。私は、一人で車の中で眠りについた。特に孤独さは感じなかった。なぜなのだろうと自分でも思った。(後から、この日、私の知り合いのプロカメラマンが亡くなったと知らされた。まだ若い。無念である。彼に冥福を祈る。)(函館からここまで216km)
函館から苫小牧に向かう途中で
大沼全面凍結
<エピソード2>
次の朝起きたら、財布がない。フロントガラスのワイパーをあげて寝た覚えがないのであるが、上がっている。誰か親切な人が、凍ることを心配して上げてくれたのかと思った。ドアロックを見ると、鍵がかかっていない。その時、「やられた」と思った。寝ている間に、財布を抜かれたと。焦った。慌ててそこら中を探してみた。しかし、なかなか見つからない。中場諦めて、どうしようと思った。カード会社に連絡。そのことを真っ先にしなくては。しかし、どこに連絡するのか分からなかった。いざというときにカード会社の連絡先を控えてこなかった。なんと間抜けなことよ。それからは必死になって車の中を探しまくった。「あった。」ベッドの敷き布団代わりのマットの下に。寝ている間にずれ落ちたようである。ほっとした。それにしても、ワイパーを上げた記憶がない。親切にもサンクチュアリーの関係者の方かどなたかが上げてくれたのであれば、感謝をしたい。
<4日目>12月28日(日) 苫小牧からウトロへ
ウトナイ湖で目が覚めたのは、午前3時頃であった。寝袋の中では寒さを感じなくて、ぐっすり眠ることが出来た。しかし、寝袋から出たときには寒いと感じた。その時の気温は−15℃であった。オイルやラジエター液が凍っていないか心配したが、エンジンはすぐにかかった。キャンプ用のコンロで湯を沸かし、ご飯とレトルトのカレーを暖めて食べた。体が暖まってから、これからどうしようかと考えた。計画では、この周辺で少し写真が撮れると考えていた、湖は全面凍結で、周辺は雪が多い。ここでの写真は難しいと感じたため、思い切って釧路方面を目指すことにした。
山道は雪が多く、路面が凍っているので、海岸線を通って行くことにした。苫小牧を出て、しばらくは路面が凍っていたが、やがて雪はなくなった。雪道は、冷や冷やしながら走ったが、雪がなくなってからは、快適なドライブとなった。しかし、気温は、−7℃。素手のまま外に出るとあっという間に手がしびれてきた。途中で給油を兼ねて、オイルやラジエター液、ウォッシャー液を見てもらった。北海道に渡ってからは、オイルやラジエター液を変える必要があるだろうと思った。スタンドで見ていただいたところ、オイルはきれいだしラジエターの液は−30℃まで大丈夫だという。どこに行くのかと聞かれ、知床までと応えると、それならば心配しなくてもよいと言うことであった。さすがに、ウォッシャーは凍って出なかった。液を補充したあまりの液をもらって車を走らせた。そのスタンドの方は、とても親切に教えてくれた。そのため、私は、安心して北の道を走ることが出来た。
それから、牧場の多い日高を経由して、襟裳岬に着いたのは、午前11時前であった。天気は曇りでとても風が強かった。車に乗っていてもあおられた。この日の襟裳岬には誰もいなかった。ここで、北海道限定のエビ天というコンビニ弁当を食べた。おいしかった。それまでの食事といえば、インスタントラーメンやレトルト食品であったためか特においしく感じた。襟裳岬を過ぎてしばらくしてから急に天気が良くなった。海辺では、クロガモやシノリガモ、ホオジロガモ、スズガモ、ウミウなどが撮影できた。釧路の手前の田圃地帯にタンチョウを見つけた。こんな所にもタンチョウがいるのかと思った。タンチョウの生活圏は、広がっていろうだろうか。何枚か撮影して、釧路に向かった。
釧路に着いたのは、午後3時頃であった。そのころからガソリンのエンプティランプが点灯し始めた。鶴居村でガソリンを補給しようと鶴居まで車を走らせた。何とか間に合って良かったと安堵した。ところがどっこい、鶴居のスタンドは、この日は休み。がーん!どうしよう。近くの人に、この近くにスタンドはないかと聞いてみた。近くにはもうない。釧路に戻るか、弟子屈に行くしかないと言う。どちらにしても30kmはある。ちょうど近くに交番があったので駆け込もうと思ったが、お巡りさんに聞いても困るだろうとあきらめた。もう真っ青になった。動揺を抑え冷静になろうとした。あと5〜6リットルは残っているかな。それならば、30kmは走れる。弟子屈まで頑張って車を走らせることにした。
しかし、走っているうちにもう目盛りの限界まできた。もうだめだ。車が停まったときには、ジャフに電話するしかない。しかし、ジャフが来るまで1時間も2時間も−7℃の寒さに耐えて待たなければならない。あと20km走ってくれと祈りながら、ヒーターも切って、出来るだけふかさない走りで弟子屈を目指した。あと10km。あと5km。あと3kmと冷や冷やしながら何とか弟子屈のスタンドに駆け込んだ。ほっとした一瞬であった。凍てつく北海道であったが、この時ほど寒々しい思いをしたことはなかった。窮地に一生を救われた思いがした。(このことは、エピソードの方にまとめた方が良かったのかもしれない。最大のエピソードだったから。)
その後は、鶴居に戻ってタンチョウを撮ろうかとも思ったが、ここまで来たのなら、最終目的地のウトロを目指そうと思った。暗闇の中、凍結した道を走った。特に下りのカーブは怖かった。エンジンブレーキを上手く利かせながら走った。知床のウトロに着いたのは、午後7時過ぎであった。道の駅があったので、そこの駐車場で眠ることにした。(苫小牧から襟裳岬まで204q、苫小牧からウトロまで584q)





<5日目>12月29日(月) ウトロ、網走、弟子屈
ウトロのオシンコシンの滝の駐車場で朝食。といってもインスタントラーメン。天気は、昨日今日と曇りであった。その後、知床自然センター周辺を探ってみた。自然センターのすぐ近くでエゾジカの親子が熊笹を食べていた。もっと奥へ行ってみるとオス鹿もいた。車を進めていると、何かがすーと上空を飛んできた。よく見るとオオワシであった。オオワシがとまった木は遠かったが、何枚かシャッターを切った。
その後、岩にとまったオジロを見つけた。天気が悪くて暗かったがカメラを向けた。面白かったのは、海(オホーツク海)の波が高く、その波間を群で飛ぶカモメだった。カモメより、その波の美しさに惹かれた。高波にさらわれて何か小魚が浮いてくるのだろうか。頻りに海面に降りて何かを捕っているようであった。波間には、シノリガモも数羽いたが、暗いのでカメラを向けることはなかった。
ウトロでは、マイカーで知床まで行くということとエゾシカやオオワシ、オジロワシを撮影するという目標が果たせた。まだ充分ではないが、このときにはそれで満足した。それからどうするか考えた。羅臼に回るか、網走方面に行くか。あるいは、弟子屈方面に行くか。羅臼にはこれまでに2回行ったことがあるので、今回は、まだ行ったことのない網走方面に行ってみることにした。濤沸湖に行けば、ハクチョウが撮れる。そう考え、車を海岸沿いに走らせた。
その途中、たまたま寄った止別駅のそばの上空でオジロワシが旋回していた。早速、車を停めて、300mmのレンズで手持ちで狙った。すぐ頭上に来たとき何枚かシャッターを切った。その後、オジロはだんだん遠ざかっていってしまった。その写真を後で見てみると解像度が悪いレンズであったのか、シャープさが欠けていたので消してしまった。
濤沸湖では、ハクチョウと少し遊んで、次の場所を考えた。このときも迷った。出発前の計画では、知床周辺に4日間滞在する予定であった。しかし、ウトロの目標達成で満足してしまった。次の目標へと向かうことにした。
次の目標は、エゾフクロウである。出かける前に知人にそのポイントを何ヶ所か教えていただいた。そこに行ってみることにした。しかし、その時にはもう十分な時間がなかった。日暮れが近い。スピード違反は承知で次のポイントへと急いだ。
そこに着いたのは、もう陽が沈む直前であった。どこにいるのか探すのに少し時間がかかった。はじめは、この木かなと探したが、エゾフクロウはいなかった。もう諦めようかなと思ったとき、ふと見上げた木にあのかわいらしい姿があった。早速カメラを構えたが、あと30分もすれば陽が沈む。はじめは、1羽が室の上にとまっていたが、しばらくするともう1羽がぽこっと出てきた。2羽が並んだ。超ラッキー!その可愛らしさに強く感動した。神様ありがとう。わずかな時間であったが、それで充分であった。最後にエゾフクロウに手を合わせて感謝をした。「ありがとう、エゾフクロウさん」今回、念願のエゾフクロウが撮れて、大満足であった。それも2羽が並ぶことは期待していなかったから、その感動もひとしおであった。ウトロでの目標達成といい、エゾフクロウの撮影といい今回の目標は全て達成したかのようであった。その時はもう充分だと思っていた。エゾフクロウの写真が撮れたときにはもう私の心は満ち足りていた。ここまで来た甲斐があったと。
その夜は、満ち足りた気持ちで摩周湖の道の駅で眠ることにした。これまでもそうであったが、道の駅では他の車はなかった。出来るだけ街灯の明るいところとトイレに近いところに車を停めることを心がけた。安全のために。(この日の走行距離348km)




<エピソード3>
カメラのデーターがいっぱいになったので、パソコンに取り込もうとパソコンを立ち上げた。そして、いざカメラとパソコンを繋ごうとコードを探した。そのコードがない。忘れてきてしまった。なんということだ。まだ一杯飲んでいなかったので、近くの弟子屈で電気屋を探した。はじめの電気屋では置いていなかった。次を紹介してもらって、そこに向かった。そこで「これしかないんですけど」と出されたものは、私のデジカメに合うものであった。ほっとした。早速購入し、また道の駅まで戻ってパソコンと繋ぐことが出来た。データーをパソコンに取り込み、メモリースチックにも取り込んだ。CDも持っていったので、CDに焼き込もうとも思ったが、そこまでは良いだろうと、作業を終えた。出かけるまで、用意周到に準備してきたつもりであるが、忘れ物をしてきた。完璧であるつもりが、いつも何か抜けているのが私である。間抜けな私である。
<6日目>12月30日(火) 弟子屈からウトロ、そして釧路に
摩周の道の駅で朝を迎えた。気温は、−12℃であった。今日も鶴居に行こうか、もう一度エゾフクロウに行こうか迷ったが、ウトロに行くことにした。昨日の荒波にもまれるカモメの群が気になったからである。オホーツクのきれいな荒波とカモメの群が、妙に私の写真欲を駆り立てた。
これまでいろいろ野鳥写真を撮ってきたが、オホーツクのきれいな荒波と野鳥の群の組み合わせは初めてである。その写真を昨日も何枚か撮ったが、パソコンで確認するとこれというコマがなかった。もう一度挑戦してみよう。そして、もっと満足のいくものを撮ろうと思った。
朝5時に道の駅を出発して、ウトロに着いたのは、7時前であった。今日もウトロは曇っていた。しかし、昨日よりは天気は快復してきていた。ウトロの目的地で波と鳥の様子を見た。波は昨日のような荒波ではなかった。それでも私がイメージする波は少し残っていた。カモメも飛んでいた。まだ薄暗い。そこでしばらくは、エゾシカを撮りに行くことにした。エゾシカは昨日と同じ様なところで家族で熊笹をついばんでいた。脅かせないようにそっと近寄って何枚か写真を撮らせてもらった。
それからまた、目的のポイントに戻った。しかし、なんということだ。カモメは飛ぶことなく磯に降りていた。頻りにその磯で何かをついばんでいた。レンズで確認すると何かゴカイのようなものをくわえていた。これでは昨日のような写真は撮れない。あきらめの境地であった。
とその時、カモメが一斉に飛び立った。これは昨日のような動きをするかなと少し期待したが、どうもその動きがおかしい。そう思って上空を見ると、なんとオジロワシが襲ってきたではないか。オジロはしばらく旋回していたがやがて先ほどまでカモメがいた磯に降りてきた。そして、磯の岩の上にとまった。これはラッキー!もう夢中でシャッターを切った。オジロが何かを警戒して上空を見上げた。そうしたら、なんとオオワシがオジロを追い払うかのように寄ってきた。オジロは飛び立った。オジロがいた岩にオオワシが降りた。よく見ると若鳥のようであった。それでも充分にたくましい姿であった。
その後また、驚きのドラマがあった。なんとオジロがオオワシを襲ってきたではないか。そこにカメラを向けていたので連写で何枚もシャッターを切った。それでもオオワシはその場所を譲ることなく悠然ととまっていた。次にオオワシを襲ってきたものがあった。オホーツクの荒波である。オオワシは波に飲み込まれそうになった。もうその瞬間も指に力が入った。オホーツクの波が荒れていたのが幸いした。オオワシにとっては不運なことであるが。感動の一瞬であった。
すぐにプレビューで確認してみた。もうすごい。狙った瞬間がばっちり写っている。もう飛び上がりたいくらいの興奮を覚えた。もういい。これ以上の写真は撮れないであろう。最高のショットが撮れた。インパクトの強い写真である。感動をありがとう。もう充分だ。大満足だ。ここまで来た甲斐があった。来て良かった。もう悔いはない。もうタンチョウなどどうでも良いと、その時は思った。その興奮は、予定よりもずいぶん早く帰路の道を進ませた。
それにしても、どうしてカモメのところにオオワシやオジロワシが寄ってきたのだろうか。その前にカモメが何かをつついていた。白っぽく見えたので、イカか何かが荒波に打ち上げられそれを狙ってきたのだろう。冷凍イカでも投げれば、また寄ってくるかなとも考えたが、そんなことをしてまでも写真を撮ろうとは思わなかった。そんなことをすれば必ず後悔の念が出てくるから。という私も昔はカワセミのやらせをずいぶんとやったものだ。だからこそ今はそんなことはやりたくない。自然のドラマを自然のまま写し込めた写真こそ価値がある。
その夜は、釧路の海鮮市場で勝手丼を食べた。ウニやイクラ、ヒラメ、イカ、クジラなど好きなものをトッピングしていたら、あっという間に2000円近くになった。ブドウエビも食べてみたかったが、1匹500円と高かったので見るだけにした。これがこれまでの最高のごちそうであった。3日ぶりにお風呂やさんに行き、その駐車場で眠りについた。この日の興奮は夜遅くまで続いた。外は、雪がしんしんと降り続いていた。(この日の走行距離240km)





<エピソード4>
摩周の道の駅に車中泊した時のことである。朝目が覚めて車のフロントガラスを見ると真っ白に凍っている。準備してきた解凍スプレーを吹きかける。しかし、どうしたことか全く解凍しない。この寒さでスプレーの性能が悪くなったかと思った。しかし、そんなことではこの製品の性能を疑ってしまう。おかしい。よく見ると、フロントガラスの外側が凍っているのではなく、内側が結露して凍っているのだ。内側にそのスプレーをかけて解凍。この日の朝は、車の中の結露がひどかった。カメラやパソコンの結露を心配したが、特に問題はなかった。
<エピソード5>
知床のウトロから帰るとき、おみやげを買おうと思った。せっかく知床まで来たのだから、おみやげは知床で買おうと思った。しかし、年末のためにどこのおみやげやさんもやっていない。道の駅も昨日まではやっていたが、今日から休みだという。困った。どうしようか。釧路空港に寄っておみやげを買おうかとも考えた。しかしな、知床まで来たんだから知床で土産を買わないと。どこで買えるか。そうだ、ホテルのおみやげコーナーで買えばいいじゃないか。ホテルは営業中だ。昼近くであったが、知床グランドホテルのロビーに駆け込んだ。「おみやげを買いたいんですけど」といってフロントの方に話すと、おみやげコーナーに案内してくれた。係りの者がいれば良いんですけどということであった。幸いにも係りの方がおられた。おみやげコーナーはもう閉店状態であったが、開けて下さった。カニが欲しかったが、今年は収穫量が少なくて高いという。キロ1万円はするという。手が出なかった。仕方なくタラとイカを買った。子ども達のためには、生キャラメルを。花畑牧場の生キャラメルと思ったが、そこには置いていなかった。知床で知床のおみやげが買えて良かった。そこから宅急便で送った方には、そこのホテルに泊まったのだろうと勘違いされたに違いない。そうじゃなんだよね。おみやげを買っただけなんだよね。それにしてもカニに手が届かなかったのが悔しい。しかし、私にはカニは似合わないのだろう。ホッケやタラなど地の魚の方が私らしいかもしれない。私らしいおみやげを送れて良かったと今では思えるようになった。とはいえ、送った方の口にあったかどうかと思うと。う〜ん。おみやげを送るのも難しい。何を送ったら喜ばれるのだろうかと考えてしまう。そんなことはないよ、気持ちだからといわれるのが救いかもしれない。
<7日目>12月31日(水) 釧路から鶴居、帯広まで
このまま帰路に着こうかと思ったが、せっかくなので鶴居村に寄ってみることにした。初めは、鶴見台に寄り、その後、伊藤サンクチュアリーに回ってみた。タンチョウもこれまでにも沢山撮影してきたが、作品にするには難しい。今度はいつ来られるのか分からなかったので、出来るだけシャッターを切ることにした。昨日は、タンチョウなどどうでも良いと思っていたのに。それにしても鶴居の風は冷たかった。耳と足の先がしびれてきた。天気は良かった。その後、音羽橋の状況を見てきた。土砂がたまって川幅が狭くなっていた時期もあったが、土砂が取り除かれたのか、かつての川幅に戻っていた。さぞかし、夜明け前には撮影者でいっぱいなのであろう。
鶴居を後にして、阿寒の国際ツルセンターに寄ってみた。タンチョウは頭上を飛ぶのを中心に狙い、午後2時のオオワシやオジロワシを待った。オオワシとオジロワシは入れ替わって何度か姿を見せた。目の前で見るオオワシやオジロはさすがに迫力があった。500mmの望遠レンズと35〜200mmのズームレンズを入れ替えながら何枚かシャッターを切った。フイルムも持っていったが、結局使うことはなかった。もう、私は、鳥の写真を撮るときにはフイルムは使うことはないだろうと思った。狙いの写真が撮れて、もう充分であった。満ち足りた気持ちを抑えながら、帯広に向けて車を走らせた。海岸線は全く雪はなく走りやすかった。
白糠恋間岬の道の駅で、今年最後の夕陽を見ることが出来た。この日は、帯広のショッピングモールの駐車場で眠ることにした。(釧路から帯広まで265km)



<エピソード6>
白糠の道の駅でのことであった。ちょうど午後4時前から夕陽がきれいであった。お腹がすいたので、夕食としてラーメンを作った。その間に夕陽が先ほどよりもきれいになった。これは写真に収めようと火を止めてカメラを持ち出した。今年最後の太平洋に沈む夕陽を写真に収めた。その状況は時間と共にどんどん変わっていく。その状況に合わせてシャッターを切っていった。
陽が沈み、これ以上はもう良いと車に戻りかけた。そこに若い女の子二人が「わあ、きれい!写真撮ろう」とやってきた。私は思わず「シャッター押しましょうか」と声をかけた。そして、二人の写真を撮ってあげた。その後、親子が写真を撮ろうとしていたので、そのまま見ぬ振りして車に戻ろうかとも思ったが、「何よ、あの親爺。若い子にはシャッターを押してあげて、私達には声かけないの!」なんて思われたくないので、その親子にも声をかけてシャッターを押してあげた。
車に戻ってみると、ラーメンは見事に伸びきっていた。それでも北の国で一人で食べる私のお腹は充分に満たされた。うーん。ちょっと侘びしいかな・・・。
<8日目>2009年1月1日(木)元旦 帯広から青森へ
2009年の元旦は、帯広で迎えた。この日は、帯広を朝7時に出発し、函館を目指した。道東に行くときは襟裳岬経由で入ったが、帰りは、日勝峠越えで行くことにした。
昨日までは、道内全域で雪が降っていたが、今日は天気が安定してきた。帯広の朝の天気は、曇り、気温0℃であった。家族におめでとうメールを出し、初日の出を拝めたのは、日勝峠であった。帯広周辺の道路は、所々がアイスバーンになっていたが、比較的走りやすかった。日勝峠付近は、アイスバーンが続き、峠の雪も多く積もっていた。慎重に運転したが、下り坂のカーブはやはり怖かった。それでも何とか峠を越したころには、雪がなくなり、苫小牧までは、順調であった。
苫小牧に入ったところでガソリンが少なくなった。早めに給油しようとスタンドを探した。しかし、どこも元旦のために営業していなかった。また、焦ってしまった。鶴居村での二の舞になるのかと。苫小牧の町の中で探さなければ、そこを離れるともうどこで補給できるか分からなかった。何とか苫小牧でセルフのスタンドを見つけ、満タンにできた。
それからは一路、函館を目指した。その途中に道路の端に出ているコウライキジを見つけた。初めはキジかと思ったが、よく見ると違う。少し先に行ったところでUターンしてその鳥のところに戻った。ヤマドリとも思ったが、よく見るとコウライキジであった。500mmの手持ちで車を支えに何枚か撮影した。これは大きなおまけが付いたと思った。
その後、ナビを頼りに支笏湖の山道に入った。室蘭を回って海岸線を行った方が、近いと思ったが、この日はナビ任せに行くことにした。確かに後で地図を見ると支笏湖から洞爺湖を回るのが近いとわかった。やがて洞爺湖を回り海岸線に出た。支笏湖から洞爺湖周辺は雪であった。多いところでは1m以上の雪が積もっていた。道路は除雪されており、走るのには苦労はしなかった。北海道の除雪作業はどこも早い。
噴火湾の海岸線に出てからは雪もやみ、道路には全く雪はなかった。一般道を70〜80kmで走った。勿論スピード違反は承知である。見つかれば捕まる。そう思いながらも、地元の方の迷惑走行にならないようにと思い、走り続けた。それでも、後続者が追い越していった。トンネルの中でも追い越された。なんと無茶なことよとも思ったが、地元の方にしてみれば、いらだつスピードであったのかもしれない。勿論、こんなことはいけない。交通ルールは守るべきだとも思った。う〜ん。しかしな〜。心の葛藤があった。でも今思うと、やはり交通ルールは守るべきであったと思う。(安全のために、交通ルールは守りましょう。)
大沼近くの駒ヶ岳は、雲に覆われ、全容を見ることができなかった。今回どこの山も雲に隠れ、山の美しさを撮影することができなかった。函館には、17時30分発のフェリーに間に合った。船の中ではすぐに横になったが、まだ興奮が続いているのか、気が張っているのか、全く眠ることができなかった。それから津軽海峡を渡って青森に着いたのは、21時であった。
この日は、青森のフェリーターミナルの駐車場で眠った。夜の気温は、3℃で何となく暖かく感じた。これまでの状態だと暑いと思い、毛布1枚減らして眠った。(苫小牧から青森まで走行距離267km、あれ?帯広から苫小牧までは?記録がない・・・)





<エピソード7>
このところ車のナビの具合が悪い。特に朝出発しようというときに、なかなか立ち上がらない。車屋さんに見てもらったら、CDには傷がないから、本体のレンズが汚れているか本体の不具合かもしれないと言われた。この旅に出発する前のことである。しかし、その時は年の暮れだし、今から点検に出すと年内にはおさまらないと言う。それならば、このままで旅に出ようと思った。
北海道に来てからもその状態は続いた。朝「早く目覚めてよ」とナビに呼びかけ、何度もCDを入れ替えしながらやっと立ち上がることが最後まで続いた。それでも頑張ってくれたナビに感謝をしている。勿論、地図も持って行った。
そうナビに感謝をしながらも、ナビと喧嘩をしてしまった。苫小牧から、函館にかけてナビ通りに走っていた。洞爺湖のあたりでふと写真に収めたいところがあった。それでもしばらく走ってから、Uターンしてそこに戻った。そこは、雪で真っ白になった洞爺湖サミットのホテルが遠くに見えるという景色であった。洞爺湖サミットの後に、先行き不透明で真っ白になった世界が何となく今の世の中の象徴に思えた。それを写真にしようと思った。それから函館にとナビを見ると、「この先ルートが見つかりません」と出た。何ということだ。「お前がここまで案内してきたのに、この先ルートが見つからないとはどういうことだ。ふざけんなよ」とナビに怒鳴りつけた。喧嘩相手がいないものだから、ナビに八つ当たりをした。その後しばらくは、道路標識を頼りに走った。海岸線に出てから、ルート案内が出た。ここでも「この先は分かるよ!分からないところを案内しろよな。もうまったく!」とナビに愚痴った。情けないことよ。
<9日目>1月2日(金) 青森から平泉、そして相模原へ
いよいよこの旅も最後の日となった。青森で目を覚まし、これまでもそうであったがこの日もまず、雪で顔を洗った。冷たくてさっぱりして気持ちが良かった。歯磨きはそうはいかないので、ターミナルの洗面所で行った。勿論、そこでも顔は洗ったけど。この日の朝は、湯を沸かして、インスタントのスープを食べ、体を温めた。そこでは雪は降っていなかった。
その後、伊豆沼にもう一度行ってみようと思って、東北道を南下した。青森のインターに入ってまもなくまた雪になった。しばらく雪道を走って、岩手山パーキングエリアで給油した。岩手山も雲に隠れてその全容は見られなかった。行く途中で、平泉の中尊寺に寄ってみたくなった。伊豆沼には何度か行ったことがあるが、中尊寺には一度も寄ったことがなかった。一度、中尊寺の金色堂を見てみたかった。正月ということもあり、さぞ混んでいるだろうとは思ったが、行くことにした。平泉で降りるつもりであったが、考え事をしていて築館まで行ってしまった。そこから平泉に行き、中尊寺の金色堂を見てきた。藤原氏の繁栄を偲ばせるすばらしいものであった。今年の初詣もそこであった。
その後、伊豆沼に寄ってもう一泊して帰ろうかと思ったが、娘達が家に帰って来るという。また、明日は3日。今日よりは高速は混むだろうと思い、相模原に帰ることにした。築館から高速に乗り、相模原へと向かった。途中、安達太良のサービスエリアで食べた豚まんが最高においしかった。その日の東北道は、埼玉県あたりまでは順調であったが、その先が混んでいた。早めに高速を降りて、一般道で相模原に向かった。家に着いたのは、夜の12時前であった。千葉でアパート暮らしをしている二人の娘達と会ったのは、何日ぶりであろうか。長い旅であったが、そんなに疲れは感じなかった。それよりも何か充実したものを感じた。(青森から築館まで310km、青森から相模原まで840km、総計3830.4km)
<エピソード8>
よく走ったものである。ガソリンをばらまいて。どれだけのガソリンを使ったのであろうか。どれだけの二酸化炭素を排出したのだろうか。燃費の悪い私の車。環境には決して良くない。環境を考えるとどうかな。しかし、運転は楽で疲れることはなかった。これだけの距離を何のトラブルもなく走った。私の車はすばらしい。車にもお疲れさまと感謝をした。今回の旅を決意させた大きなものが、この車なら冬の北海道にも行けるということであった。4駆でスタッドレスタイヤ。これまでも、冬の北海道をレンタカーで走ったことはあった。その時もたいていの道は走ることができた。その経験があったから大丈夫だろうと思った。たいていの雪道は走れる。スタッドレスタイヤも新しい。今回この旅を決意させたのは、この車のおかげである。(勿論、タイヤチェーンも保険と思って持って行ったが、使うことはなかった。)この年末年始は、娘達は休みがないという。田舎に行くこともない。今なら私もまだ気力も体力もある。最大のネックは経済的余裕がないことか。今年でなければ、自分の車で冬の北海道へ行くことはないだろう。一生に一度のチャンスだ。今年しかない。このチャンスを逃したら、いつになるか分からない。「よし、行こう!」冬休みをフルに生かして計画をした。女房には内緒であった。娘には、「一緒に行かないか」と誘った。「一緒に行きたいけど、休みがなくて」ということであった。娘には、その計画を話しておいた。娘に話しておけば、女房には伝わるから。北海道に渡ってから「いつ帰ってくるの?」と女房から電話があった。「3日か4日には帰るよ」女房は、何も言わなかった。もうあきれているのか、諦めているのだろう。私の勝手な生き方にはついていけないと・・・。あと2,3日余裕を持って遅くても5日か6日は帰るという計画であったが、予定より2日も3日も早く帰ってきた。家族に会いたいために・・・。
<お礼>
この旅に出かけるに際して、多くの方々に、北海道の冬の鳥の情報や道路状況などいろいろとアドバイスやご指導を頂いた。今回こんなに満足のいける写真が撮れたり、充実感を味わえ、冬の北海道を無事に走行することができ、相模原へと帰ってこられたのも、多くの方々のアドバイスやご指導、及び支えや励ましがあったからだと思う。心配してメールや電話を下さった方々、また、遠くで見守ってくださった方々、本当にありがとうございました。私もこれをバネにして、これからももっともっと精進していきたいと思います。これからもよろしくご指導ご鞭撻をお願いします。
このページをここまで読んで下さった方々本当にありがとうございました。長々とした文章で読みにくかったことと思います。最後まで丁寧に読んで下さった方々には本当に有り難く思います。このページのご感想やご意見などメールでお待ちしております。是非、よろしくお願いします。ホームページをやっていて、どんな方が見て下さっているのか、どんな反応があるのかを知りたいと思っています。その点では、ブログの方がよいのかもしれませんが。
メールアドレスは tsuyoasa@jcom.home.ne.jp こちらまでご感想やご意見を遠慮なくお寄せ下さい。お待ちしております。
<この旅のための準備1>
この旅に出発すためにいろんなことを想定して、準備をした。まず、車の調子がどうか考えた。かなり走行している車であるが、普段乗っていて何の問題もなかった。昨年の5月に車検を受け、ここまで来た。車検の時には、オイル交換もした。それから半年以上も経っている。それからの走行距離は、8000km以上になる。そのため、オイルは北海道に渡ってから換えようと思った。が、先にも記述したようにスタンドで見てもらったところ、きれいで換える必要はないという。また、ラジエター液も−30℃までは大丈夫だという。車に問題はなかった。
次に考えたのは、車の中で寝ること。冬の北海道で寒さに耐えて眠るにはどうしたらよいか。まず、真横になって眠ること。そのためには、シートを倒しただけでは真横にはなれない。私の車は。そこで、シートを倒せるだけ倒して、真横になれるように角材と簀の子を細工してベッドを作った。簀の子の上には、キャンプ用のシートを張り付けた。少しでも幅広くと思い、20cm位の板を横に蝶番で取り付け、広がるようにした。これで、寝返りしても大丈夫だと思った。
そのベッドに敷き布団替わりに横長の座布団を敷いた。そして、夏用の寝袋の中に、毛布を半分に折って、その端を縫いつけて袋状にして入れ、そこに体を潜らせるようにした。その上に毛布2枚をかぶせ、更に掛け布団の小さいものをかけて眠れば大丈夫だと考えた。
出かける前に、家の庭の車の中で2晩寝てみた。初めて寝てみたときには、かける毛布は、一枚にして眠った。それでも暑かった。かけ布団は必要なかった。しかし、北海道の寒さを考えると。見直すところは、敷き布団代わりに敷いたマットがずれ落ちてしまったことである。そこで、その固定を考え、敷き布団替わりの端をひもで縛り、台座の角材に留めることにした。次の日は、敷き布団替わりの座布団はずれることはなかった。これでもう大丈夫。たいていの所で、車の中で眠ることができると思った。
確かに、これで8泊とも車の中で熟睡できた。寝返りも。と言っても焼酎を一杯jひっかけて寝たからだろう。一杯飲まないと眠れないのは、はっきり言ってアル中である。そのことは自覚している。何とかしなくてはと思っている。と言ってもな・・・。しょうがない私である。