「野菜のミネラル不足が指摘されているが、その原因は堆肥盲信にもある」。渡辺和彦氏(東京農業大学客員教授・元兵庫県立農林水産技術総合センター部長(農林水産環境担当)はこのほど、肥料団体の勉強会・セミナーでこのような研究発表を行った。
多くのメディアが取り上げてきた「堆肥善・化学肥料悪」説を根底から覆す内容だ。一般消費者の購買行動にも変化を与える可能性も。講演概要は次の通り。 (文責・新聞部)
畜産堆肥連用の害
渡辺氏は30年以上、兵庫県の農業指導に関わってきた。同県は関西有数の農業県であり、畜産も盛ん。それだけに、日本における都市近郊型農業の問題点が集約している地域でもある。農業における環境対策の中心課題は、畜産業から排出される糞尿の処理。県をあげて堆肥化を推進している。
国もまた一般メディアも「化学肥料で地力は失われた。堆肥などの有機物の施用」を訴えるキャンペーンをはってきた。
堆肥施用の効果に疑いの入る余地はない。渡辺氏は「堆肥施用の初期効果は大きい。土づくりのために、この効果は積極的に利用すべき」と指摘している。
問題なのは「初期効果」が発揮された後の、堆肥連用による弊害だ。
97年当時、同県の農業試験場では水稲での有機物連用試験が4つあり、その2つを担当している研究員が、堆肥連用が収量低下と関係があることをみつけた。それを場内の研究成果発表会で発表すると、出席していた農業普及員から「それは特殊な例では」と反論された。土づくりの基本は堆肥施用と、農家に堆肥施用を勧めてきた普及員にとっては全く心外な結果だったようだ。
担当研究員の「私などいくら発言しても誰も聞いてくれない」という嘆きが聞こえてきた。当時、部長職にあった渡辺氏は「おれ(部長)がやらずして誰がやる」の気概をもって研究に取り組み始めた。
26年間にわたる水稲における連用試験結果などを精査したところ、堆肥3d連用区は無堆肥の対照区に比べると、連用後20年目ぐらいから収量が落ちている。また連用区は気象条件にも左右されやすくなり、低温などで対照区の収量減の幅より、大きく下振れすることも突き止めた。他の堆肥連用試験も同様の傾向だ。しかも兵庫のデータだけではない。類似の結果が他府県農試にもある。
こうした結果の一部を季刊雑誌「肥料」に掲載しようとしたが、県の意向もあり、個人名による投稿原稿という体裁をとった。国や県の方針に逆らうことは公務員研究員には許されない。このとき、渡辺氏は「研究者は事実の上に立つ」という、一大決心の時でもあったようだ。
畑でも
水稲だけでなく、堆肥連用が及ぼす畑作物の収量、病害関係でも新しい発見があった。
兵庫県は軟弱野菜の施設栽培が盛んで、多くの農家は県の指導もあり、良質の牛糞堆肥を毎作、2〜3d、年間10d以上、10年以上施用してきた。堆肥を施用すると土が軟らかくなり軟弱野菜の収穫作業も楽になるというメリットも。
国が模範としているような土作りをしているが、堆肥を施用しない方が収量が高くなるという、農家自身も考えられないような実証試験結果もある。地域における堆肥の過剰連用の弊害を洞察し、試験を企画実行した担当研究員達の洞察に敬意をはらいたいと渡辺氏はいう。
他方、生理障害で地元農家を悩ましているのが、シュンギクの葉縁が黄色くなる「額縁症」だった。症状からマンガン欠乏が想定された。試験圃場では0・2%の硫酸マンガンを葉面散布、見事に回復したという。なおこの試験圃場の施肥は無機肥料でなく有機肥料を用い、土づくり資材として牛糞堆肥を充分に施用していた。
何故か?
これまでの常識では、前記したような圃場での微量要素欠乏は考えづらい。事実、一般的な土壌中交換性マンガン分析では、作物に必要なマンガンが存在していた。渡辺氏は仲間の研究者の協力を得て、次のことを確認した。
可溶性マンガン量の変化は、微生物が関与する。したがって、マンガン量の測定では、土壌は乾燥したものではなく、生土、つまり圃場に近い水分を保有させる。こうした微生物の多寡は、それが餌とする有機物の関与があることが想定される。
つまり堆肥などの有機物が多いと、一部の微生物が活性化し、マンガンを不溶化する可能性があるのだ。
「大発見」だが、渡辺氏は「アメリカでは既に知られている事実」と打ち明ける。海外で認知されていた事実でも、日本国内の研究者はほとんど知らなかったそうだ。
ミネラル不足
堆肥連用施用によるミネラル供給不足は栽培場面だけではない。渡辺氏は食品においても堆肥害によるミネラル不足の可能性を指摘。評論家などが口にする「化学肥料原因説」に疑義を差しはさんでいる。
渡辺氏の論拠は次の通り。
日本食品標準成分表の5改訂(00年)と4改訂(82年)を比較すると、野菜の銅、マンガン含有率の低下が著しい。この間の品種や栽培方法の変化も要因のひとつだが、堆肥施用の初期効果が終わり、連用の害が発生、顕著になる期間・時期と符号する。堆肥などの有機物が植物の銅、マンガンの吸収を抑制することは、国際レベルにおける研究者の間では普遍的現象と認識されている。したがって、食品としての野菜にそれらが不足したとしても不思議ではない。
渡辺氏は「微生物のなかに可溶性の二価マンガンを酸化するマンガン酸化菌が多数いることを発見した。我々は大発見と思ったが、海外では既知の事実だった」と打ち明ける。ただし、前記したように生土で分析するということは、文献には掲載されていない。
結論として渡辺氏は「野菜のミネラル低下は有機物施用に頼りすぎたのも一因」。さらに「堆肥など有機物を施用していれば、作物の生育に必要な微量元素は十分供給されると、単純に断定できない」としている。
微量要素研究で多くの著作のある越野正義氏は24日、「マンガンは最近は過剰害が問題になっていた。渡辺和彦氏の研究はマンガンの欠乏症、そこに関与が疑われている微生物の働きに着目したもの。さらなる追跡調査が待たれる」と述べた。